伝道掲示板

法縁寺は、昭和26年から、山門の左横黒板に、法語の掲示を行っています。
言葉から頂く力を大切にして、私だけでは気付かない大きな世界に、共に出会わせて頂きたいと考えます。
門前をお通りになった際に、目を向けて下されば有り難いと存じます。

令和4年6月5日掲示


 大谷の選手のこの言葉から、生きていく中での大事な心の持ち方を教えられるのではないでしょうか。私の人生を振り返ってみると、たまに物事がうまくいくと、それまでの行いが良かったからだととらえ、私の振る舞いを振り返ることができません。いい気になって過ごしていることで、仲間への心遣いを忘れ、結局自分が孤立してしまったこともあります。大きな失敗をすると、私の行いを問わずにはいられなくなります。見直してみれば欠点だらけの私であり、仕事への姿勢、人との協力関係等など、多くの改善点が見つかります。つらい悔しい気持ちが、自分を改革しようということにつながったように思います。大谷選手は、今年のシーズンは、いまのところ昨年のような活躍ではないようですが、「次のつながる成長」を期待し、一生懸命応援しようと思います。(文責住職)


令和4年5月22日掲示


 明治、大正、昭和の時代を生きられた暁烏師のこの言葉を、我々は当然のことだと思うことができるでしょうか。現在の便利な日常にあって、「恩をうくる」ことの自覚が希薄になりがちなことに気づかされます。物が豊かでなく、生活が厳しい時代を生きられた世代の方々は、一膳の食事、一粒のお米に、もっともっと有難い気持ちを持たれていたように思います。昔も今も変わらず、人間は、生き物として様々な恵みを頂いているのに、その意識を持ちにくく「恩に報ゆる生活」になれない。ここに現代に生きる我々の深刻な問題があるように思われるのです。我々にとって真に安心の感じられる豊かな自然環境と暖かい人間関係、それらが保たれるために重要なことは、「恩をうくる生活」に感謝した「恩に報ゆる生活」であると、暁烏師が、現代の我々に訴えられているように感じられます。(文責住職)


令和4年5月8日掲示


 私ははじめ、このお言葉の前半「心得たと思うは 心得ぬなり」に注意が向き、あまり深く物事をとらえず、すぐにわかったことにしてしまう、そして人を傷つけたりしてしまう、そういう私の軽薄なあり方を戒められるお言葉としてとらえていました。もちろんそのことも大切な教えでありますが、思いをめぐらすうち、後半「心得ぬと思うは 心得たるなり」に大事な意味があるかもしれないと思うようになりました。仏教では、私の思いに捉われる「我執」が、私の全ての苦しみの原因であると説かれます。親鸞聖人は、自身を「愚禿」、「煩悩熾盛の凡夫」と表明され、思いに固執する私のあり方を悲しむことにより、思いを超えた大きな力に出逢う道を見出されました。「心得ぬと思う」ことが、如来に逢う大事な姿勢であると、蓮如上人は教えておられるのでしょう。(文責住職)


令和4年4月23日掲示


 気に入ったお家があり、美味しいものを食べられ、きれいな服を着られる、こういうことを幸せと感じる私があります。しかし、病気など、人生の順調でないことに出逢うと、この幸せは失われてしまうことになります。こういう幸せは不安と隣り合わせであり、幸せのときにも落ち着けないものがあるように思われるのです。こういう幸せも、生きていくためには必要かもしれませんが、私が求めるものが得られなくても、安心できる私でありたいと思うのです。仏教の教えによりますと、私の命がここにあるということは、既に限りない恵みを頂いているとのことであります。このことは、静かに考えれば誰もがうなづけることではないでしょうか。その「生きていること自体の幸せ」に気づかせて頂くことが、本当の安心につながるのだと、三明師は指摘しておられるのでしょう。(文責住職)


令和4年4月8日掲示


 この言葉は、テレビの毎日放送の朝の番組「THE TIME'」で司会を務める、俳優の香川照之氏の言葉です。60歳で仕事を退職された女性が、新たに学校に通い幼児教育の免許を取得され、幼稚園の先生として就職されたことを番組の中で紹介されたときに言われたものです。私は、はじめこの女性のことを、頑張る人がいるのだなあ、というぐらいの気持ちで視ていましたが、香川師がこの映像の後で、感想をこの言葉にして述べられたとき、はっと気づかされました。人生において、同じ日というものは二度とありません。どんな小さなことでも、その日だけの経験があるはずです。「今日という日を」「新しい一日」として過ごしているだろうか。かけがえのないこの人生の中で、一日一日を「新たな一日」として大切に過ごそうという捉え方の中に、定年を過ぎても、新たな学び、新たな勤めに挑戦しようということが生まれるのではないか。この女性の姿勢、香川師のことば、朝から大切なことを自覚させて頂きました。(文責住職)


令和4年4月3日掲示


 お釈迦様のお誕生のお言葉、「天上天下唯我独尊」の意味を、真城師が、わかりやすく解き明かされました。
 「我」とは、「あなたであり、私」であり、全ての人の「我」であります。それが、「かけがえのない」存在であり、「そのままで無条件に尊い」ものであることを、このお言葉は表しています。
 思い通りにならないことに出逢うと、人生の喜びが感じられない私の姿があるように思われます。数えきれない多くの御縁の結実により、思いをはるかに超えて命を頂いていることに目を向けたとき、私の存在そのものの尊さに気づかされるのではないかとお釈迦さまは諭して下さっているのであると受けとめます。

 4月8日は、お釈迦様の誕生日です。お釈迦様のお誕生には次のような言い伝えがあります。  お釈迦さまは、今から約2500年前、ネパールのルンビニーの花園でお生まれになりました。お釈迦さまは、お生まれになるとすぐに七歩歩まれて、右手を天に、左手を地に指して、「天上天下唯我独尊」と叫ばれました。そのとき、天の竜神が驚き敬い、甘い香りのする雨を降らしてお釈迦様の身体を清めて誕生を祝福しました。これにもとづいて、毎年4月8日に、お釈迦様のお誕生像を花で飾り付けた花御堂に安置し、そのお身体に甘茶をかけてお釈迦様の誕生をお祝いします。これを花まつりと言います。

 花まつりは、お釈迦様誕生のお祝いであるだけでなく、全ての人がこの世に尊い存在として誕生させて頂いたお祝いであります。(文責住職)


令和4年3月20日掲示


 マスコミで報道される人の不祥事について、私に直接関係がないにも関わらず、不思議なほど腹が立ち、強い言葉を投げてしまうことが私にはあります。心理学者の説によりますと、人を厳しく批判、攻撃するときは、その人の問題点と同じものを自分の中に見出し、それを否定し、打ち消そうとしている気持ちが無意識に働いていることがあるとのことです。自身の問題については中々認めたがらず、人の問題点については気が付きやすい私の姿があるのではないでしょうか。このことを考えれば、人の問題点に気づいたとき、むしろそれは「我が身の鏡」ととらえ、自分自身を振り返る機会にすべきであろうと良寛師は指摘しておられるのでしょう。
 親鸞聖人が拓かれた道は、我が身の煩悩をごまかしなく見つめることであり、そのとき、共に離れがたい煩悩持つ身であると、人に対しても共感し連帯していける道が拓けるのであると私は受け取っています。(文責住職)


令和4年3月6日掲示


 出会いは嬉しく、別れは悲しい。出会いは今までの知らなかったことを知り、自分の世界を広げられる豊かな機会であるように思われますが、別れはそのことが断ち切られたような印象を持つことがあるのかもしれません。でも本当はそうではないところに、出会いの本当の意味があるように思われるのです。教えを頂ける大事な人と出会っても、その人と一緒にいられるときは長くないことがほとんどではないでしょうか。むしろ別れた後、その人と一緒にいられるという甘えがなくなった後、その教えを自分の中で深め、真に自分の人生に生かしていく。そこに人と出会うことの真実の意義があるのではないかと思われます。(文責住職)


令和4年2月20日掲示


 我々は、生き物の命をはじめとする自然の恵みを頂き、また御縁のある様々な人の御蔭を頂き、生かされている。あらゆる御縁に育まれて命を頂いている。これは仏教の根本の教えですが、静かに振り返れば、誰もがうなづけることのように思われます。しかし我々はこれに安んじることができず、私にとらわれて、「私だけが」、「私でなくては」の思いから離れることができません。仏教では、ここに我々の不安や迷いの原因があると説かれます。
 ところが、このとらわれは、我々の内面に深く入り込んでおり、これを離れることは至難であるのではないでしょうか。
 しかし、離れることはできなくても、離れられない「浅ましい自分」であることに目覚めていくことはできるかもしれない。自らをごまかさずに振り返るこの歩みが、すぐにとはいかないが、周囲と調和し、頂いている御縁のなかで安んじていける道に通じているに違いない。このことが、日々の生活の中で、念仏を頂いていく道であると私は受けとめています。 (文責住職)


令和4年2月6日掲示


 我々は、周囲の人やものに対して、多くの場合、自分にとっての表面的な有用性、有効性をものさしにして、その価値、役割を判断しているように思われます。その点、赤ん坊は、実に不思議な存在ではないでしょうか。その存在の全てを周囲に委ねているだけであるのに、役に立つ立たないを超越して、いつのまにか周囲の人にそれぞれの存在の意味を持たせてしまう、圧倒的な存在感を放っているように思われます。鈴木師は、ここに、あらゆる存在の真実の意義を感じ取られているのではないでしょうか。病気になっても、老いても、そのまま頂いている命を精一杯生きていき、周囲の人との関係性を築かせて頂く、そのことそのものに価値があるということなのでしょう。私のものさしを中心とする世界では、失敗や間違いを繰り返す私自身が、やがてそのものさしにより存在価値を問われることになるかもしれません。 (文責住職)


令和4年1月23日掲示


 瀬戸内寂聴師は、人生の苦を抱える多くの人達に寄り添い、生きる励ましを送り続けられました。師の言葉によりますと、苦労と煩悩のなか歩んだ自らの人生経験が、人の辛い心を理解することに繋がったとのことであります。人生の順風満帆であることは嬉しいことでありますが、壁にぶつかり苦労を経験して始めて気がつくことがたくさんあるのではないでしょうか。苦を抱えて生きる周囲の多くの人を理解し、共に生きる道を見出すことができるかもしれません。親鸞聖人は、越後への流罪を経験される中で、当時の社会の最も生活の苦労を抱える人々と、念仏による連帯を築いていかれました。苦にぶつかると、つらい気持ちにばかりとらわれてしまう私でありますが、「育っていくのです」の師の言葉を思いだし、自身の成長の機縁であると思い直して頑張っていければと思います。 (文責住職)


令和4年1月8日掲示


 寒さ厳しい冬、おでんや鍋の暖かさがとても有り難く感じられます。そのとき、冬が旬の大根は、自身目立つような味を持つわけではありませんが、他の具材を引き立たせて全体の味を整える、昔から欠くことのできない存在にであるように思われます。榎本師は、この大根の姿に、人としてのあるべき姿を見られたのではないでしょうか。「私が」「私でなくては」「私こそ」と、常に「私」を主張し、目立ちたい、認められたい、私の姿があるように思われます。それが時として、人を傷つけ、全体の調和を乱すことになるのかもしれません。榎本師は、「まだ大根の味はだせない」と言われながらも、「大根はいいな」と言われ、他と真に調和してありたいと願われている、そこに如来に照らされている師の姿があるように思われます。 (文責住職)


令和4年1月1日掲示


 明けましておめでとうございます。新しい年を迎えましたが、二年間我々に「苦」をもたらした感染症が、未だに解消されない状況があるようであります。この法語は、昨年九十九歳で亡くなった瀬戸内寂聴師の言葉です。瀬戸内師は、多くの「苦」を抱えた人々に寄り添い、亡くなる直前までその力になり続けられました。自身の人生での多くの「苦」の経験が確かな人生を拓いたとの自覚が、そのような歩みにつながったようであります。仏教においては、「苦」は、私の都合により作った理想が、現実により厳しく問われることであると教えられます。むしろ、私には受け入れ難い「苦」を通して、私の都合をはるかに超えて、大きな力強い世界に出会わせて頂くのであるのかもしれません。
 新年に当たり、瀬戸内師をはじめ、多くの先輩方から、この「苦」の先に「必ず新たな強い力が与えられる」と、力強い励まし、尊い願いを頂いていることを受け止めたいのであります。 (文責住職)


 

令和3年12月19日掲示


 この文章は、癌により余命数カ月を宣告された鈴木章子師が、青年期の子供たちへ、成長への願いを込めて著されたものです。私を振り返ると、地位、名誉へのとらわれがとても強いように思われます。しかし、それらは、たまたま得られれば人を見下す態度になるかもしれない。得られなければ卑屈な気持ちになるかもしれない。鈴木師は、自身の死を前にして、人として生まれた本当の意義に目覚められ、そのような表面的なあいまいなところに、真に目指すべきものはないと気づかれたのかもしれません。賜った人や自然の恩恵に感謝し「頭が下がる」、そして頂いた命を精一杯燃焼する、それが、「人間の生 深く味わえる」ことであり、真に「立派」なことであると、子どもたちに伝えられているのでしょう。 (文責住職)


令和3年12月5日掲示


 晴れの日ばかりであれば、植物が育たず、私が恵みを頂くことができないことは明らかであるにもかかわらず、雨や雪の日には、残念な気持ちになってしまう私があります。どうも我々は、目先の都合にとらわれ、真に意義のあることに目を向けることが苦手なことがあるのではないでしょうか。生きている中に起こる様々な問題も、つらい、逃げたい気持ちが先に立つようです。昨年から起こっている感染症の問題も、本当に悩み多いことですが、平常なときには見過ごしてきたこと、決まったこととして踏襲してきたことを、その意義を見直す大事な機会かもしれず、その受けとめを大切にすることによって、元通りになったとき、つまり「天気のよい日」になったとき、そのことを真に「よろこべる」のではないかと自らに言い聞かせています。 (文責住職)


令和3年11月21日掲示


 我々は、「幸せ」を感じるときと、あまり「幸せ」でないと感じるときを、行ったり来たりしながら毎日を過ごしているように思われます。一喜一憂が我々の実態であるのかもしれませんが、仏教では、これを「流転」と言い表し、迷いの状態であるとされています。明治から昭和期、両手両足を病気で失われる中、親鸞聖人の教えにより生きられた中村久子師は、詩「あるあるある」の中で、「短いけれど指のない まるいつよい手が 何でもしてくれる  断端に骨のない やわらかい腕もある」と表現され、よろこびを見出される生活を送られました。本当に安心のある「幸せ」とは、限りない恵みにより今のいのちを頂いていることに気づかされたとき、自分自身の中に必ず見出されるものであることを、稲田師は指摘しておられるのでしょう。 (文責住職)


 

令和3年11月7日掲示


 仏教の無常の教えは、平穏な日常に不安を思わせる、とても厳しい教えのように感じられます。しかし、無常ということは、間違いのない事実であり、表面的な平穏が続くと思っている私の意識の方が、真実から目を背けている不十分なものであることを、仏様は指摘して下さっているのでしょう。私が頂いている命は、無数の死によって限りなく世代が交代することにより、よりたくましい命として進化してきたものであり、これからもそうあり続けるものなのだろうと思います。そのことを、お釈迦さまは無量寿の教えとしてあらわされ、私の命は、私の一生で終わることのない、無限の流れの中にあるのだと教えられたと私は了解しています。そのことが、私だけの命へのとらわれを離れ、共に歩む「安心できる」生き方につながるのかもしれない、そしていまの一瞬のかけがえのなさを自覚し、「後悔のない」生き方につながるのかもしれない、と大山師は表現されているのでしょう。(文責住職)


令和3年10月24日掲示


 我々は、ああなりたい、こうありたいと、私の理想の姿を思い描き、それが実現することが「しあわせ」であると思い込み、毎日を歩んでいるように思います。しかし、現実はその理想の通りにはいきません。仏教においては、私の思い描く理想と実際の現実との差が「苦」となる、と教えられます。つまり、自分で自分を苦しめているのが我々の姿であるのかもしれないのです。私の命は、過去からの無限の因縁の気の遠くなるような結実により頂いたものであり、私の思いをはるかに超えた尊いものではないでしょうか。それを、私の勝手な思いで、良し悪しを計っているのかもしれません。賜ったかけがえのない命をそのまま精一杯燃焼する。そこに、理想がかなってもかなわなくても、「私の本当に求めるしあわせへの方向が示されている」。南無阿弥陀仏は、そのことに気付いて欲しいとの如来の呼びかけであると私は頂いています。(文責住職)


令和3年10月10日掲示


 このお言葉は、親鸞聖人が亡くなる直前の遺言とも言えるお言葉です。我々は、「私」に固執する心(我執)により、ついつい周囲の人と衝突を起こしたりする、その結果、寂しい、孤独な自分になり、そのことにまた悩まされることがあるのではないでしょうか。しかし、その悩む心の中に、本当は、仲良くありたい、共にありたいとの切なる願いがあるように思われるのです。この願いを、全ての命を育んでくださる本当の願い(阿弥陀仏の本願)として頂き、周囲の人を、ひとつにありたいという本願に抱かれる者同士としてとらえ、煩悩をこえて人と人の真の連帯の道を見出していかれたのが親鸞聖人であると私は受けとめています。自身の命の亡くなった後も、本願に抱かれる喜びを共に感じ合いたいという聖人のお心が感じられるのではないでしょうか。(文責住職)


令和3年9月26日掲示


 「生」を謳歌し、「幸い」の中にありたい、私の切なる願いではないでしょうか。しかし涅槃経にも説かれているように、この願いが叶わないのが人生である、と仏教では教えられます。しかし、仏教においては、このことにより、決して人生の暗闇を説いているのではなく、むしろ、「死」を通して、「災い」を通して、「生」の真の意義、「幸い」の本当の姿が知らされることを説こうとしているのであると私は受けとめています。「死」により、私の「生」が限りない生死の繰り返しの中に頂いたものであること、つまり無量寿の中にあることを気付かせて頂けるのかもしれません。「災い」は、欲望を満たすことばかりに捉われている私にとって、本当の「幸い」とは何かを考える機会になるのかもしれません。(文責住職)


令和3年9月12日掲示


 いつまでも生きていたい、これは誰もが思うことのように思われます。しかし、もし「人生に限り」が無ければ、永遠に続く「一日一日」を、いったいどのように生きていけばよいのでしょうか。少年、青年、壮年、老年、それぞれの時代をかけがえのないときと捉え、何をなすべきか考えて生きていくところに、人生の充実があるのではないでしょうか。更に、全ての人がいつまでも生きていれば、あっという間に地球上に人があふれ、食料も仕事も無くなります。「人生に限りがある」ということは、煩悩熾盛の身としては大変つらいことですが、それはむしろ、「人生」が活き活きとしたものとして保障されるための、絶対の条件であると受けとめなければならないのでしょう。(文責住職)


令和3年8月29日掲示


 先日行われた東京オリンピックの競泳二種目で金メダルを獲得された彦根市出身の大橋選手が、 NHKの番組で、感染症によるオリンピック延期等の様々な混乱の中、心の葛藤に向き合いながら、この言葉に表される思いを宗に、競技に取り組んだことを話されていました。2020年実施予定であったオリンピックに向け万全の準備した選手にとって、延期はとても苦しいことであったはずです。我々は、私の心の思い描いた理想と実際の現実との差に常に苦しめられるようであります。仏教においては、私の心を中心にするのではなく、私が生かされている現実の方に基づき歩むことの大切さを教えられます。厳しい現実に立つ勇気を持てたとき、それはむしろ私を成長させる大事な御縁となるのかもしれません。現在行われているパラリンピックでの選手の活躍は、更に強くそのことを感じさせて下さるのではないでしょうか。(文責住職)


令和3年8月15日掲示


 この言葉は、41才で癌でなくなった平野恵子師が、亡くなる少し前に、3人のわが子にあてられた手紙の一節です。平野師は、子どもたちを残して生を終えなければならない深い「悲しみ 苦しみ」に出会われました。しかし、その絶望の中においても湧き上がる子どもたちへの愛情とそれに勇気づけられる自分に気付かれ、思いを越えた大きな願いに抱かれる世界に目覚められました。そして、これから訪れるであろう母の死は、子どもたちにとって、「悲しみ 苦しみ」に違いないが、思いの届かないこの体験を通して、私や私の思いが中心でない大きな世界に気付かされるときがくるであろうと考えられました。そして、そのことが子どもたちへの母からの最後の贈り物であると伝えられたのです。様々な困難に出会い、「悲しみ 苦しみ」に苛まれる私ですが、そのとき始めて気付かされる私のわがままやおごりがあるのではないでしょうか。大事な周囲への感謝や真の連帯の心がここから生まれ、大きな世界に生きる歩みが始まるのかもしれません。 (文責住職)


令和3年8月1日掲示


 秦師のこの言葉は、誰もが思い当たるのではないでしょうか。私の行いについては、多少間違っていても、生きていくためには仕方がないと思い、他の人の行いは、少しの間違いも追及しようとする私の姿があるように思います。誰もがこのような姿勢を貫けば、わがままとわがままが衝突し、争いごとが起こることは必然と言わなければならないでしょう。仏教においては、我執といわれるこの心が、あらゆる迷いの原因であると指摘されます。しかし、我執を離れては生きられないのが人間ではないでしょうか。親鸞聖人が開かれた道は、まずこのような私の姿をごまかさずに見つめること、そして他の人も同じ我執の中にあることを思い計ること、そして共に凡夫であることを悲しむことにより、自らの心の姿勢が柔らかなものになっていく、そこに自他の連帯の道が生まれることであると私は理解しています。 (文責住職)


令和3年7月18日掲示


 賢くありたい、強くありたいと、誰しもが思いますが、中々そのようにはいきません。たまに物事が私の思う通りに進み、自分が賢い、強いと感じることがあると、たちまちに自信過剰となり、周囲の人に対して、傲慢になり、無神経になるように思います。そのことが、私が、本来的に、愚かであり弱いことの証拠であるともいえるのでしょう。親鸞聖人は、自身の愚かさ、弱さをごまかさずに自覚することが、多くの人との連帯を築き、むしろ困難を乗り越える力になることを、自身の人生で示されたのではないでしょうか。人生の問題に取り組むとき、やはり色々な力が必要かもしれませんが、宮城師は、それは、私の愚かさ、弱さを充分に自覚したものでないといけない、と指摘されているのでしょう。 (文責住職)


令和3年7月4日掲示


 人間が作り上げた科学文明を見ると、「人間は偉いもの」と感じることがあるのかもしれません。しかし、核兵器、気候変動など、その科学文明によって人間自身の生存が脅かされる事実に接すると、「偉い」は幻想に過ぎないとも思えます。けれども、人間には、感謝することができる、自身を恥じることができる、このような大事な能力があるのではないでしょうか。それは自らに頂く、一切の御縁を感じる力であり、如来の願いを受けとめる力ではないでしょうか。しかしそれらは、自ら生み出したものでなく、賜ったものであるととらえることが大切であると感じられるのです。そのことから、安田師は、人間は、他に対して誇るような「偉いもの」ではなく、如来に抱かれる「尊いもの」であると、表現されておられるのでしょう。 (文責住職)


令和3年6月20日掲示


 父の日の一週間前の6月13日、前住職である私の父の23回忌をお勤めしました。厳しい父親でしたので、生前は、父の思いに親しく触れることができず、「父と暮らして父に会えず」でした。しかし今その遺影を前にすると、父の思い、願いが痛いほど感じられます。誠に申し訳ないことながら、「父と別れて父に会う」の言葉が心に沁み込みます。生きて出会わせて頂くことがもちろん有難いことですが、亡くなった後、故人の本当のお心に気付き、生きて居って下さる以上の力を頂くこともあるように思われるのです。ここに、ひとりひとりの死で終わることのない、共に生きる無限の大きな命、無量寿の働きを感じることができるのではないでしょうか。父の日に、まず父に感謝しながら、そのことを通して感じられる如来の願いに静かに心向けたいことであります。 (文責住職)


令和3年6月6日掲示


 平野惠子師は、3人のお子さんの母親でしたが、39歳で癌を発病されました。癌による自らの余命を知らされる中にあって、子どもたちへの深い愛情に気付かれ、自分の死が子どもたちへの最後の贈り物であること、悲しみはやがて人生の深い喜びに変わることがあることを伝えられ、死の瞬間まで「お母さん」でいることに努められながら、41歳で亡くなられました。そのような体験から、この言葉を残されたのです。人生の中で、このことがなかったならなあ、と思うような出来事や失敗がたくさんあるように気がしますが、平野師のこの言葉を頂くと、それらを糧にする自らの生き方、考え方の大事さに気付かされます。感染症による社会の苦労が一日も早く終息することを願いながら、このような中でこそ気付かされることもあり、それは忘れないでおきたいと思います。 (文責住職)


令和3年5月23日掲示


 不祥事がテレビ等で取り上げられるとき、不思議なほど、自分の中に怒りの感情が起こることがあるような気がするのです。「私は正しい」と信じ、人を責めるとき、とても残酷な態度になることもあるのではないでしょうか。蓮如上人の指摘の通り、「人のわろき事は、能く能くみゆる」私の姿があるように思います。仏教においては、「私は正しい」というとらわれは、「我執」と呼ばれ、煩悩(悩み、苦しみ)の原因であると教えられます。よくよく考えてみると、その不祥事を起こす要因はお金や名誉に関わる欲望であることが多く、それはそっくりそのまま私の中にもあるのではないでしょうか。「わがみのわろき事」、罪悪の凡夫であることの自覚こそ、親鸞聖人、蓮如上人が、如来の本願に目覚められ、同時に多くの同朋との連帯を生み出すことができた根本であるのでしょう。 (文責住職)


令和3年5月9日掲示


 四月は、満開の桜で彦根城は彩られましたが、その花が散って約一カ月たち、桜は、かえって生命力溢れる新緑の葉を輝かせています。このことは、私の一生の姿を表しているように思われるのです。「私の命」を一生懸命に生きておりながら最後には死を迎える、そこに耐えられない寂しさを感じる私の姿があります。しかし、桜の花が幹からの栄養で咲くように、「私の命」も無限の命の営みにより頂いているものではないでしょうか。その無限の命の営みは、私が役割を終えて死を迎えることにより、次の世代の繁栄として、更に豊かなものになるのかもしれません。本当は、私の生死は、無限の命の営みである無量寿の中にあることを、桜から教わることができるのではないでしょうか。 (文責住職)


 

令和3年4月25日掲示


 清澤師のこの言葉を聞かせて頂くと、フランスの童話「青い鳥」を思い出します。それは、幼い兄妹が、「幸せ」に導かれるという青い鳥を探してさ迷い歩くが、家に帰ってみたら、青い鳥は家の中にちゃんと居た、というお話です。我々は、「理想」というものを、外へ外へ、遠くへ遠くへと臨み、そして中々求められず、苦しんでいることはないでしょうか。仏教によりますと、私の見方、考え方は、我執を離れることはできず、「幸せ」、「理想」と言っても、私の勝手な思いによって捉えているに過ぎないと教えられます。清澤師は、既に私に賜っている限りない御縁や恩恵にまず目が向けられることにより、真実の「幸せ」、「理想」は、この私に今できることとして開かれていくことを指摘されているのでしょう。 (文責住職)


令和3年4月11日掲示


 彦根城の桜は、本年も「見事に咲いて」、本当に美しい姿を見せてくれました。しかし時期が過ぎると「静かに散りて」、今は葉桜となっています。花の美しさに見とれ、心浮き浮きしていたのも束の間、散った花びらの舞う姿に寂しさが感じられます。武内師のこの言葉を頂くと、自身や周囲の状況に、一喜一憂している私の姿が知らされるのではないでしょうか。少しばかりの成果を自慢し、小さな不運や失敗に愚痴をこぼしてしまう私の姿が思われます。「誇りもせず」「つぶやきもせず」、頂いた命を完全燃焼させる、このことの大切さを、桜が教えてくれているのかもしれません。お釈迦さまが示された「天上天下唯我独尊」は、この尊い命の歩みを表されているに違いありません。 (文責住職)


令和3年4月8日掲示


 4月8日は、お釈迦様の誕生日です。お釈迦様のお誕生には次のような言い伝えがあります。  お釈迦さまは、今から約2500年前、ネパールのルンビニーの花園でお生まれになった。お釈迦さまは、お生まれになるとすぐに七歩歩まれて、右手を天に左手を地に指して、天上天下唯我独尊と叫ばれた。そのとき、天の竜神が驚き敬い、甘い香りのする雨を降らしてお釈迦様の身体を清めて誕生を祝福した。  これにもとづき、毎年4月8日に、お釈迦様のお誕生像を、花で飾り付けた花御堂に安置し、そのお身体に甘茶をかけてお釈迦様の誕生をお祝いします。これを花まつりと言います。 天上天下唯我独尊のお言葉にある「我」とは、全ての人の「我」であります。この大宇宙(天上天下)において、この私がただ独りあったとしても尊い(唯我独尊)、という意味ととらえます。すなわち、花まつりは、お釈迦様誕生のお祝いであるだけでなく、全ての人がこの世に尊い存在として誕生させて頂いたお祝いでもあります。(文責住職)


令和3年3月28日掲示


 例年よりも10日以上早く、美しい桜の季節となりました。彦根城では、感染症流行が少しだけ治まったため、控えめながら桜見のイベントが行われるようですが、昨年は、桜満開の中も観光の方がほとんどおられない状態でした。しかし、人に見られていても見られていなくても、桜は美しい花を精いっぱい咲かせます。武者小路実篤師は、この桜のように、人の評価にとらわれることなく、頂いた命をひたすら輝かせることを願われて、この詩を詠われたとのことであります。どうも我々は、様々なとらわれにより、本来の歩みを自ら妨げてしまうことがあるのかもしれません。感染症の流行により、思い通りにならないことばかりですが、尊い命を頂いていることに目を向け、今できることに精いっぱい取り組ませて頂くことが、桜から教わる「我は咲くなり」の心ではないでしょうか。(文責住職)


 

令和3年3月16日掲示


 目標を持ちそれに向かって努力することは、大切な人生の歩みであることは間違いないと思われます。しかしそこにおいて、最も重要なことは、目標が達成されることではなく、その歩みそのものあるのではないでしょうか。努力の歩みは様々な自身の能力を高めることになるのでしょうが、その中では多くの挫折があり私の身勝手な思いは行き詰まります。しかしそのとき、自己中心の姿勢が転換され、協調と感謝の心が育てられる、そしてそれが思いを超えた大きな世界に出逢わせて頂くことにつながるように思うのです。親鸞聖人が開かれた現生における往生の道は、在家として、それぞれの目標を持ち人生を歩む中で、自身の思いやその中の煩悩に向き合い、「思いどおりになる」のではなく、私の思いよりもはるかに深いのちの事実に気づかせて頂く歩みであると私は受け止めております。(文責住職)


 

令和3年3月2日掲示


 健康なとき、若いとき、力はみなぎっていますが、そのようなときには、我々は、その自分自身の力に目を奪われ、頂いているものに目を向けられないことはないでしょうか。人生においても、順調なときは、嬉しい思いで満たされますが、いい気になって、影になりお世話になっている人への感謝を忘れることがあるかもしれないと思うのです。私のいのちは、過去、現在の無限の御縁と恵みを頂き、今ここに在らしめられている。お釈迦さまは、このいのちの事実を、「無量寿」と表されました。榎本師は、老いて身体が弱ることを通して、普段頼りにしている自らの力ではなく、「尽きせぬいのちが湧いている」ことにお気付きになり、賜る無限の力を「拝める」心に導かれたのではないでしょうか。(文責住職)


令和3年2月19日掲示


 我々は、それぞれ私の作り上げた尺度を持ち、善悪や価値の判断をしながら生きている。しかしそれは私の一方的な尺度であることも多く、それによる判断はときとして人を傷つけることがあるのではないでしょうか。某会長の発言で問題となっている性差別の問題も、その一つであるように思われるのです。むしろ指導的な立場にある人ほど、この思いこみは強いのかもしれません。このことは、我々の最も深刻な問題である「生死」の問題についても言えるのではないでしょうか。一生懸命人生を歩み、生きることについては、価値観に少しは自信を持っているつもりになり、命についてわかったことにしている。ところが、人生で避けることができない死の問題については、なるべく考えないようにしている。明治の思想家、清澤満之師は、命を、「生死」ではなく「死生」ととらえられ、死に立って生をいただいたとき、思いを超えた命の不思議、かけがえのなさに出会えることを指摘されました。ものごとをわかったことにせず、常に私の尺度、価値観を問い続ける、そこに、真に、周囲の人と打ち解ける、命の尊さに気づかされる生き方があることを、宮城師は指摘しておられるのでしょう。(文責住職)


 

令和3年2月5日掲示


 仏教によりますと、私は、私以外の一切の御縁によってあらしめられるものであると教えられます。それは網の目に譬えられます。網の目の一つが私であり、私の網の目は、周囲の網の目があることによって存在できる。周囲の網の目がなく、私の網の目だけで網を主張すれば、笑い話になるはずであります。ところが、このことを笑えない私の姿があるのではないでしょうか。私の思いや都合が一番先になってしまう。人類全体の問題となっている地球温暖化も、人間のこの笑えないあり方に原因があるのかもしれません。考えてみれば、食事で頂く「一椀」には、人や自然の限りない御縁が結集しているのであり、その「無数の手」が「見ゆるがごとし」の心を大切にすることが、真に確実な歩みにつながるのではないでしょうか。(文責住職)


令和3年1月22日掲示


 相田みつを師のこの明快な指摘は、誰もが人生において感じることであるかもしれません。しかし「苦しみ」や「悲しみ」のただ中に居るときは、それらを恨んだり逃げようとしたりして、そのつらさをもっと大きいものにするのではないでしょうか。仏教においては、そもそも人生は思い通りにならないものであると教えられます。つらいけれども「苦しみ」や「悲しみ」は背負うしかない。その力になって下さるのが、親鸞聖人の開かれた念仏であるのです。念仏は、思いを超えた大きな世界に私を導き、限りない周囲の力と一緒に歩む道を開かしめる、と私はとらえています。そのとき、「苦しみ」や「悲しみ」は、私の勝手な思いを問い直し、真にたくましい「自分」をつくる「肥料」になるのではないでしょうか。(文責住職)


令和3年1月8日掲示


 私を抱いて下さる偉大な大自然の力を前にして、自然に手が合わされる、しかも、日の入りと月の出が同時に現れて私を包んで下さる姿に、「もったいなし」と頭が下げられる。この最も基本的な宗教感情を、感動を込めて、詩人、山村暮鳥師が詩に表されました。現代の我々は、日や月の科学はよく知っていますが、この詩を読み、多くの人が、作者の尊い心に、感動と共感を感じるのではないでしょうか。我々は、理屈と思いを中心に現代を生きながら、同時にその挫折に傷つきながら生きています。その中にあり、真に無限なるものを求める気持ちは、明治、大正を生きられた作者と何ら変わりはないのではないでしょうか。むしろ現代の問題に苦しむ我々こそ、私の命を抱いて下さる無限の力に合掌する気持ちが大切なのではないでしょうか。(文責住職)


令和3年1月1日掲示


 感染症流行により、思い通りにならないことばかりの令和2年でした。令和3年の元旦に当たり、少し心をとどめて、私の命が、いかに尊い働きにより頂いているかという事実に心を向けることもあってもよいのではないでしょうか。「天と地」そして「人」の無限の恩恵を頂き、「今日の一日の命」を恵まれている、それは気の遠くなるような偶然の積み重ねによるものであるかもしれない。私の思いをはるかに超えたこのことに気づかされ、命のかけがえのなさを思うとき、できないことを悔やむのではなく、いまできることに精一杯取り組んでみようという勇気を頂けるような気がします。歌人、佐々木信綱師は、明治、大正、昭和という、激動の時代を生き抜かれ、思いの破られる多くの経験を通して、いまここに在ることが「ありがたし」の心境に至られたのかもしれません。(文責住職)


令和2年12月23日掲示

 厳しいお言葉ですが、心静かに受け止めますと、その通りであるとうなづけるのではないでしょうか。私の身体は数えきれない細胞でできており、血液の細胞は、外部から侵入する病原体と絶えず戦い、胃や腸の細胞は、食べ物を分解した養分を休みなく吸収してくれる。気の遠くなるような働きを、私が寝ていても実践し、命を維持してくれています。この身体は私が作ったわけではなく、気が付いたら頂いていた。しかもこの身体を維持するには、他の生き物の命を奪わなくてはならない。私の「五尺の肉体」は、生死を繰り返す無限の命の営みの中で賜ったのであり、やがてこの無限の営みにお返しすることが当然であるのかもしれません。 この事実に反し、「わがもの」と執着する私は、「死を恐れ」ながらも、無量寿に心を向けるお念仏を称えさせて頂けるのではないでしょうか。(文責住職)


令和2年12月9日掲示


 死は考えるだけで恐ろしいため、なるべく考えないようにしている。歳若い間は、まだまだ死は先の話と考え、歳をとってからも、取りあえず今日があれば明日もあるだろうと考えて、生きることだけに目を向けている。これが私の生の現実ではないでしょうか。しかし、この生き方は、真実から目をそらせているだけであり、ひとたび、死を意識せざるをえない状態になったとき、すぐに行き詰まることになるのでしょう。もし人の死がなかったら、あっという間に地球は人であふれ立ちゆかなくなる。また私の生は、他の生き物を食べ物とし、その死で成り立っている。生死の無限の営み(このことを無量寿と言います。)の中で、私が生まれ、私の死も次の生の糧となる、このことに気づかせて頂いたとき、煩悩の身としては誠につらいけれども、私の死も受け入れられる心のゆとりが頂けるのかもしれません。そして、いま頂いている命のかけがえのなさ、尊さを感じ、一日一瞬を大切にする生き方に繋がる、このことを、津垣師は「ありのままの現実を受け入れるところから生き始めよ」と言われているのではないで しょうか。(文責住職)


令和2年11月25日掲示


晩秋は、美しく色づいた山々の景色が見られる季節ですが、日に日に冬の気配が感じられ、もの悲しさを感じる頃でもあります。それは、我々の人生の終盤を連想させるのかもしれません。嬉しいことも悲しいこともあるのが人生ですが、それは死の直前においても同様であると思われます。良寛師は、そのことを、「裏を見せ、表を見せて散る」もみじの姿に重ねておられるのでしょう。葉は散っても、もみじの木は厳しい冬を生き抜き、落ち葉は森の大事な栄養となります。我々は、死に臨んでは、さぞかし心乱れ、「裏を見せ」ることでしょうが、このもみじの姿から、死は、消えるのではなく、無量寿に還るのであることを、良寛師は伝えようとされているのではないでしょうか。(文責住職)


 

令和2年11月11日掲示


 秦師が、仏教の教えの本質である三法印、「諸行無常」、「諸法無我」、「涅槃寂静」を、分かり易く解き明かされました。人間は、何かをあてにしながら、そして何かしらの望み持ってしか生きざるをえない存在なのかもしれません。しかし仏さまは、望みのままにしよう、あてにしよう、という思いそのものが、生きていることの真実、「諸行無常」、「諸法無我」に反することであると教えられるのです。私の命は、私の思いをはるかに超えた無限の恵みを頂いて私に賜っているものであり、その命の本当の尊さは、むしろ私の思いの挫折を通して気づかされることがあるのかもしれません。そのとき、思い通りにならなくても、そのままで安心して生きていける道が開かれる、秦師は、これが「涅槃寂静」につながる道であると示されているのでしょう。(文責住職)


令和2年10月28日掲示


 我々は何か一つのことを得ても、もう少し、もうちょっと欲しくなる。お釈迦様は、それは、手にした食べ物がその瞬間に燃えてしまって、どれだけ食べ物を得ても満腹が得られない状態であると譬えられ、この欲望に際限のない状態を餓鬼と名付けられました。貧欲の煩悩を持った人間の姿でありますが、このままでは人生の本当の喜びを感じることは難しいのでしょう。親鸞聖人が開かれた感恩の世界は、「不平不満ばかりに」なっている私を悲しむことを通して、命の本当の姿を求めさせられる、そこに限りない因縁の力、恵みの力を頂いて生きる私の命に気づかされるところにあります。「生きていること自体の不思議さ有り難さ」を感じたとき、今の私を喜ぶと同時に、足るを知る本当の満足の世界に出逢わせて頂くのではないでしょうか。(文責住職)


令和2年10月14日掲示


 感染症のことから、本年の報恩講は、吉峯教範師の御法話を自粛せざるを得ないこととなりましたので、師にお願いしてお送り頂いた法縁寺御門徒へのメッセージの中から、この言葉を掲示させて頂きました。私は、親鸞聖人の御一生から頂ける最も大事なことは、越後遠流の命がけのご苦労の中に、念仏の教えの真実なることを、人々ともに生活の中で実証されたことであると受け取っています。我々は、現在の境遇を引き受けられず、ああなったら、こうなったらと心を砕いて過ごしていることがあるかもしれません。できれば苦労は避けたいのですが、後になって振り返れば、あの苦労のお陰で今の自分があると思えることもあるのではないでしょうか。私の思いにとらわれて愚痴が出るときは、念仏を申しながら如来に抱かれる身であることに立ち帰る、そこに「この身このままを大切に喜ぶ」道が開かれるのかもしれません。本年の報恩講は、感染症の様々な苦労の中に、少しでも今歩むことができる道を意識できる、そのような御縁になればと考えています。 (文責住職)


 

令和2年9月30日掲示


 蓮如上人七十八歳のとき、感染症の大流行により多くの人が亡くなり、動揺する御門徒に対して著された「疫癘の御文」の一節であります。蓮如上人は、疫癘による死をあってはならないこととして動揺する人々の姿を見て、仏教の教え「(死は)生まれはじめしよりしてさだまれる定業なり」に立ち返ることの大切さを説かれたのです。我々は、ふだんは、死を意識の外に追いやって、なるべく考えないようにして生きていることはないでしょうか。そうすると、いつのまにか今日あれば明日もあることが当たり前となり、今日できる仕事も明日にしてしまうことになるのかもしれません。死から目をそらさないことは、一日一瞬を生きていることのかけがえのなさ、尊さを自覚す ることにつながる、更には、命の本当の姿、無量寿に心を向ける大事な機縁になるのではないでしょうか。(文責住職)


 

令和2年9月14日掲示


 住むところがあり、食べるものがあり、ひとときの娯楽もある、このような「日常」に、どれだけ感謝を感じているでしょうか。それは「当たり前」であるととらえ、感謝どころかつい不足が出てしまうのが現実ではないでしょうか。仏教の教えによりますと、世の中も人生も無常であります。私に頂いている限りない因縁が絶妙のバランスを保っていることのおかげで、私の今の一瞬がある。そもそも私が生まれてきたことが大変な「奇跡」であることは、科学からも教えられます。今日の一日をかけがえのないものととらえる、そこに人生の充実があるに違いありません。感染症の流行は、当り前にしてきた「日常」の意味を問い直す機会であるのかもしれません。(文責住職)


令和2年9月3日掲示


 我々は、自分の思い通りに物事が進むときは、とても嬉しく、自信に溢れます。確かに、努力をして自分の目標をかなえることは、人生を歩む上で大事なことであり、そのときに達成感や充実感を感じることは、次の努力を行う上で必要なことであるのでしょう。しかし、このときには自分のことが肯定されています。様々な不充分さを許されて生きているはずであるのに、その不充分さに心が向き、「私自身の在り方を問われること」はないのではないでしょうか。感染症の流行により、思い通りにいかないことばかりの毎日ですが、私自身の在り方を問い直し、感謝の気持ちや協力関係を新たにすることにより、私の本当の力を蓄えることができると考えたいものであります。(文責住職)


令和2年8月24日掲示


 毎月24日はお地蔵様の縁日であり、特にお盆に引き続く8月24日は、子どもを守って下さるというお地蔵様のいわれから、地域の子どもたちが集まって、昔から地蔵盆として丁寧な感謝のお勤めをしてきました。ところが本年は、感染症の流行から、今までと同じような地蔵盆を行うことが難しく、子どもたちの声が聞こえることが少ないという、とても残念なことになっているようです。仏さまは、このようなときも私たちを心配してくださることに変わりはありません。都合を優先せざるを得ない私たちの生き方をも必ず摂取し、感染症の流行によって起こるさまざまな出来事の中にも、私のあり方を振り返り、最後は必ず仏様の願いの道に引き戻して下さるという御縁を頂くのに違いありません。(文責住職)


令和2年8月16日掲示


 我々は、不安があるのは私の不充分さの故であり、私が充実すれば不安は解消して人生を歩める、ととらえてはいないでしょうか。確かに、物事が順調に進むと、余り不安を感じることはなく、自信があると感じられるかもしれません。しかしそれは人生の問題に目を向けていないだけかもしれず、ひとたび老病死等の問題にぶつかると、不安どころか絶望の底に沈むこともあるのではないでしょうか。親鸞聖人は御和讃に、「罪障功徳の体となる。障り多きに徳多し」と表されています。不安は、むしろ私を人生の大事な問題に目を向けさせる大切な御縁であるかもしれません。私の命ばかりにとらわれる私を、もっと大きな命に目を向けさせ、不安を抱えながらも、恵みに感謝し、共に協力して生きていく道に出させて頂ける御縁であるのかもしれません。(文責住職)


令和2年7月25日掲示


 この言葉は、我々の幸福、不幸のとらえ方の本質を、見事に言い当てたものであると感じられます。しかし同時に何か大事なことを呼び覚まされている気がするのではないでしょうか。「他と自分を比較」する心から離れられない私でありますが、この心のままに生きていると、私の状態によって、「幸福」と「不幸」は常に入れ替わり、結局不安と隣り合わせの人生になるのでしょう。命の尊さとは、他と比較することによって決まるものではなく、他と入れ替わることのできない個性を放つ、その存在そのものにあるのでしょう。この平野師の言葉を聞き、私は、心の奥底の、命の本当の尊さを求める願いが呼び覚まされるように感じるのです。(文責住職)


令和2年7月11日掲示


 本年大船渡高校からプロ野球に入られた佐々木朗希投手は、陸前高田市の小学校3年生のとき東日本大震災を被災し、父、祖母を亡くし、祖父は行方不明、しかも自宅は全壊するという大変な経験をされました。その中で野球を続けて、日本の高校生として史上最速の速球163キロを記録されました。学校で野球ができるという、普通の高校生として「当たり前」のことが、彼にとってはかけがえのないことであり、一日一瞬の真剣な取り組みが、この成長に繋がったのかもしれません。感染症の影響により、今まで「当たり前」のことができなくなっている日常があります。一日も早く元通りになることを願うばかりですが、「当たり前」にしていたことを、これからはもっと感謝し大切にするべきことを、佐々木投手に教えられるのではないでしょうか。 (文責住職)


令和2年6月26日掲示


 我々は現在の「生」のみを見て「死」を見ない、「生死」全体を忘れて生活していることがあるのではないでしょうか。この生き方は、表面的には安定しているようで、日々の「生」が当たり前のような感覚になったり、今日できることを先送りしてしまったりすることに繋がってしまうのかもしれません。忘れようとしても意識の中に入り込んでくるのが「死」であり、逃げようとすればするほど、底知れない恐怖を感じるのが「死」というものではないでしょうか。武内師の言われる「生死をみつめる」とは、私一人で悩むのではなく、教えを聞かせて頂き、私一人の死で終わることのない命の本当の姿に出会わして頂くこと。それが、「生活はかがやく」と武内師が 表現される生き方であるのでしょう。(文責住職)


 

令和2年6月18日掲示


 この言葉に接すると、私も父親であるために、身の引き締まる思いがします。
 私の父は二十年以上前に亡くなりましが、大変厳しい父でした。父の生前は、緊張から自由に話すこともできず、父の心をなかなか理解することができませんでした。しかしその「行い」は目の当たりにしていたため、同じことはできないながら、私の行動の基盤となり、大事な人生の財産となっていると感じます。いま遺影を前にしていると、父の思い、願いが痛いほど感じられ、申し訳ない気持ちでいっぱいになります。同時に、その「志」を受け止めることの大切さが身に沁みて感じられます。6月21日の父の日は、父への感謝、そして、私の「行い」「志」を振り返る日にしたいと思います。(文責住職)


 

令和2年6月4日掲示


 なかなか無くならない悩みがあるとき、私も同じように悩んでいるよ、と一緒に悩んでくれる人が現れれば、本当に有り難い気持ちになります。安田師は、我々のこのようなとらえ方をもう一歩進めて、悩みを通して、人と人の関係を深めること、共に教えに向かうことの大事さを指摘しておられると思われます。親鸞聖人は、「障り多きに徳多し」と御和讃に表されました。悩みにぶつかったとき、私の生き方を問い直す、共に生かされている事実に目が開かれる、周囲の人と力が合わせられる、そこに悩みが有るままに生きていける道が見出されるのではないでしょうか。感染症による苦悩の日々がまだまだ続くようでありますが、「共に悩めること」を大切にし、周囲の人と協力して過ごしていきたいと思います。(文責住職)


令和2年5月20日掲示


 過日、大津淨宗寺様の御法事の御法話の際、住職の相愛大学客員教授直林不退師が引用された言葉を掲示させて頂きました。師の御法話によりますと、野村克也氏の少年時代は貧しく、充分な野球道具も買えなかった。氏の母は、そのことを詫びながら、人の悲しみのわかる人間になってな、と教えられた。そして人の悲しみ、人の心をわかろうとしたことが、成長されてからの、選手として、監督としての活躍の本になったとのことです。現代は、欲しいものがほとんど手に入る豊かな時代になり、かえって人と人のつながりが薄れていると言われています。貧しいことを御縁として、人を思いやり、共に生きることの大切さが感じられる。感染症の影響で本当に不自由な毎日ですが、こんなときこそ「人の悲しみのわかる」人間でありたいと思います。(文責住職)


令和2年5月5日掲示


 我々の人生は、順調であるばかりでなく失敗や挫折を経験します。いかに努力しても避けられないこともあるかもしれません。仏教においては、いかなることも、私を離れたところからやって来るのではなく、私を含めた一切の人や物の繋がりの中に生じるととらえます。その意味で、我々の失敗や挫折は、拠り所としている大地につまづいて倒れるのであると武内師は言われるのでしょう。そうであるならば、その失敗や挫折を乗りこえることも、周囲の人や物の結びつきの中にヒントがあるはずであり、そのことを、武内師は、「大地に支えられて起つ」と表現されているのでしょう。この度の感染症の克服も、人と人の支え合いが大きな力になるのではないでしょうか。(文責住職)


令和2年5月1日掲示


 我々が日々生きていけるのは、自然の恵み、人の恩恵のお陰であります。これらものは、あまりにも密接に働いて下さるが故に、私と一体となってしまって見えにくいことがあるようです。空気、胃や腸の消化器官、両親のご恩等々、私の命を育んで下さるかけがえのないものであるのに、大切にし、感謝できていない現実があるのではないでしょうか。最も大事にすべきものを大事にせず、目の前にある欲望の対象にばかり目を向け、それを得ることを無二の大事な行動としている私の姿があるように思われてなりません。やがて挫折するに違いないこの姿勢を、栖雲師は心配されているのです。地球温暖化が引き起こす様々な問題も、この挫折の一つであるのかもしれません。(文責住職)


令和2年4月16日掲示


 毎年春は、桜の花の見事さに心を奪われます。しかしその美しい状態は数日であり、花が落ちた後はもの悲しい気持ちになります。しかし、注意して見れば、地面に落ちたたくさんの花びらは大地の栄養となり、やがて多くの生き物の恵みのもととなるのでしょう。我々は、ひと時の美しさにとらわれて、命の大事な営みを見落とすことがあるのかもしれません。そのことを、武内師は、「散ると見たのは」私の勝手な思いであって、それは「錯覚」であると指摘しておられるのでしょう。我々は、生きていると、大事な人が亡くなることを経験します。それは悲しくつらい出来事ですが、故人の御恩を受け止められた時、何にも替えがたい我々の力になるのではないでしょうか。そのことを桜が教えてくれているのかもしれません。(文責住職)


令和2年4月8日掲示


 彦根城の桜が満開となりました。新型肺炎の流行のため観光客はまばらですが、そのような人間世界のこととは関係なく、例年通り見事な花を咲かせています。明日は散る定めであるのに、見る人があろうとなかろうと、花びらの一枚一枚を力の限り引き延ばして、美しさを表現しています。むしろ明日散る定めであるからこそ、頂いた命を燃焼し、その使命を果たしているのかもしれません。我々は、頂きがたい尊い命を今既に頂いています。無常の人生である以上、明日がある保証はありません。九条師は、花の姿に心を打たれ、今のこの瞬間を精いっぱい生きることを、「見ずや君」と呼び掛けておられるのでしょう。(文責住職)


令和2年4月8日掲示


 4月8日は、お釈迦様の誕生日です。お釈迦様のお誕生には次のような言い伝えがあります。
 お釈迦さまは、今から約2500年前、ネパールのルンビニーの花園でお生まれになった。お釈迦さまは、お生まれになるとすぐに七歩歩まれて、右手を天に左手を地に指して、天上天下唯我独尊と叫ばれた。そのとき、天の竜神が驚き敬い、甘い香りのする雨を降らしてお釈迦様の身体を清めて誕生を祝福した。 
 これにもとづき、毎年4月8日に、お釈迦様のお誕生像を、花で飾り付けた花御堂に安置し、そのお身体に甘茶をかけてお釈迦様の誕生をお祝いします。これを花まつりと言います。 天上天下唯我独尊のお言葉にある「我」とは、全ての人の「我」であります。この大宇宙(天上天下)において、この私がただ独りあったとしても尊い(唯我独尊)、という意味ととらえます。すなわち、花まつりは、お釈迦様誕生のお祝いであるだけでなく、全ての人がこの世に尊い存在として誕生させて頂いたお祝いでもあります。(文責住職)


 

令和2年4月2日掲示


 テレビで大活躍であった志村けんさんが新型肺炎で亡くなられました。新型肺炎の恐ろしさとともに、無常ということを改めて感じさせられました。志村さんの生み出される笑いは、暖かさと安心感のある笑いでした。私はこんなに格好悪いところがあるんだよ、と人を安心させて心を通い合わせる、そこに緊張が打ち解けて笑いが広がるのが志村さんの笑いではなかったでしょうか。人間関係がとかくぎくしゃくしがちな現代にあって、そこに満たされないものを感じた多くの人たちが、人と人の心の通い合いを感じ、志村さんの笑いに魅了されたのかもしれません。志村さんは、人の気持ちを思いやること、人と人が共に生きることの大事さを、笑いを通して発信されていたのに違いありません。合掌(文責住職)


令和2年3月24日掲示


 生きていると大変な苦労に出逢い、「闇」のような気持ちになることがあります。しかし思い通りにならないことを通して、思いを超えた命のあり方に気づかせて頂き、真に謙虚な姿勢で人やものとつながろうとすることができるかもしれない。そしてそれが問題の解決に近づくことになるかもしれない。この心の深まりを、高光師は「夜明け」と指摘されているのでしょう。人間の社会も、戦争、疫病、災害等々、様々な試練「闇」を経験し、そのたびに尊い犠牲を払いながらも、我々の不充分なところを改め、協力関係を強めながら、よりよい社会を築いてきたのかもしれません。新型肺炎の問題も、少しでも早く「夜明け」が訪れて欲しいと切に願うことであります。(文責住職)


 

令和2年3月10日掲示


 様々な周囲の力を頂いて私の歩みがあるはずであるのに、物事が思い通りに進むと、私の力にうぬぼれたり、周囲への感謝を忘れたりすることがあるようであります。榎本師は、このことを、「フワフワと足は大地を離れかけ」と表現されていると思われます。ところが、物事が思い通りに進まない事態に陥ると、私の力の不十分さに気づかされると同時に、あらゆる周囲の力を頂かなければそれを収拾できないことにも心が向けられるのではないでしょうか。むしろ逆境の時、本当の私の姿を見出すことができるのかもしれません。榎本師は、このことを、「しっかりと足は大地についている」と表現されているのでしょう。(文責住職)


 

令和2年2月25日掲示


 仏教では、一切の御縁によってあらしめられている存在が「私」であると教えられます。人生の苦悩は、このことに心を向けず、「私」にとらわれ、「私」を主張しようとするところから生じると教えられます。この意味では、「死にたくないと力む」ことは、「私」へのとらわれに他ならず、「苦しい」のは当然の道理であるのでしょう。御縁によりあらしめられる存在である限り、「死すべき身」であることが道理であります。それに気づけたとき、既に「私」が頂いている御縁を、恵みとして喜べる世界が広がることでありましょう。このことを、田代師は、「安心できる」「与えられた命、あるがまま完全燃焼」と、表現されているのでしょう。(文責住職)


 

令和2年2月9日掲示


 懸命に人生を歩んできたつもりでありますが、あの時ああすれば良かったのにと、後悔することが多くあります。できればもう一度小学校のころからやり直したいと思うこともあるかもしれません。しかし、私の人生におけるそのときそのときの選びは、私の判断によるものであると思いがちですが、仏教によりますと、実は、私が気が付かない無数の因縁の集まり、業縁により厳しく縛られるものであると教えられます。如来の摂取不捨の働きは、業縁に苦しむ者にこそ働き、人生に輝きをもたらします。ここまで懸命に歩んできた私の人生なのだから、失敗も含めた歩みの全てが、私を作り上げた意義のあるものであると「見直すことができる」と金子師は指摘されているのでしょう。(文責住職)


 

令和2年1月21日掲示


 古来より、「失敗は成功のもと」といい、失敗することも成功へと導かれる大事な過程であると教えられます。榎本師は、更に、私が犯しやすい失敗の原因にも留意されているように思われます。物事が成功に導かれるためには、私の努力はもとより、多くの人の協力が必要であり、様々な条件が満たされることが重要であると思われます。しかし、私は、様々な場面で「私」を主張したがり、そのことが、人の協力関係を乱し、成功への条件を危うくしていることがあるのではないでしょうか。失敗することにより、「私」へのしぶとい執着に気づかせて頂き、他と共に在る私の本当の姿に気づかせて頂ける、このことを榎本師は、「世の中少し広くなる」と表されているのでしょう。(文責住職)


 

令和2年1月9日掲示


 賢くなりたい、賢い人と言われたい、このことに強く強くとらわれているのが、私の姿ではないでしょうか。このことは、日常生活だけでなく、仏様の悟りを目指す、仏教の世界でも顔を出すようであります。私の努力により、少しばかり賢くなったと思うことがあったとしても、自らを偽らずに見つめてみれば、わがままを離れることのできない凡夫そのものであることに気づかされます。親鸞聖人は、「いずれの行もおよびがたき身なればとても地獄は一定すみかぞかし」を自らの仏道の基本に据えられました。我々の生き方においても、「賢くなったと思う」ことが失敗につながることも多く、安田師の「迷うていることを悟る」ことの重要さがわかります。(文責住職)


 

令和2年1月1日掲示


 人生における本当の幸せは、思いを実現することではなく、命の本当の尊さに気づかされることではないでしょうか。仏教によりますと、私の命は、無限の過去からの因縁、無限の周囲の事物からの御縁により在らしめられているものであると教えられます。それは、今ここに生きていることは、過去から現在に至る宇宙全体の力が、私に至り届いて働いて下さっているということであります。思いを実現することに一喜一憂する私でありますが、このことに心を向ければ、私の思いに左右されることのない、命の本当の尊さに気づかさせて頂くことができるのではないでしょうか。平澤師は、その幸せについて、「天地の恵(めぐみ)」、「限りなき恩(めぐみ)」と、感謝の表現をされているのでしょう。(文責住職)


 


令和元年12月30日掲示


 除夜の鐘は、通俗的には、煩悩を108つととらえ、ひとつひとつ鐘をつくことにより、その煩悩を打ち砕き、この身を浄化して新年を迎えるという意味があるようであります。しかし、私の真実の姿を省みれば、煩悩を離れること誠に難しく、打ち砕いても打ち砕いても煩悩にとらわれることに気づかされます。親鸞聖人が開かれた道は、煩悩を離れようとするのではなく、煩悩を離れがたいわが身であることを深く自覚し、むしろ煩悩を御縁として如来の本願に会わせて頂く道であります。九条師にとって除夜の鐘は、煩悩が打ち砕かれるのではなく、三百余日煩悩に明け暮れているわが身の真実が、如来の光により明らかにされる証(あかし)であり、それを「さばき」と表現されておられるのでしょう。(文責住職)


 

令和元年12月23日掲示


 仏教の教えから届けられる最も大切な心は、「ともに生きる」ということではないでしょうか。無量寿の命をともに生きている、そのことを最も素直に感じられるのが、身近な人との心の交流なのかもしれません。人生の様々な行き詰まりも、実は、私へのしぶとい執着によるものがほとんどであって、「ともに生きる」ということに立ち返ってみれば、私の都合ばかりを優先していたに愚かさに気づかされることが多いようであります。厳しい寒さの冬も、私だけが寒いのでなく、ともに生きている多くの人が寒いのですから、そのことを共感することにより、人とともに在る力強さが感じられるのかもしれません。そのことを俵師は、「暖かさ」ととらえられているのでしょう。(文責住職)


 

令和元年12月11日掲示


 椿の花の時期には少し早いですが、寺の中庭の椿が早く咲き、花を落としていることから、武内師のこの言葉を掲示させて頂きました。椿は、冬の寒さの中で、鮮やかな花を咲かせます。その花が散るときは、花びらを一枚一枚散らすのではなく、花ごと落ちます。そして冷たい冬の地面は、しばらくは、椿の花で彩られます。大地の恵みを頂いて花を咲かせた椿は、まるで大地に感謝をささげているかのようです。武内師は、椿の花の姿に、人の一生を重ねておられるのではないでしょうか。苦労の多い人生を、限りない恵みを頂いて歩ませて頂く。そして受けとめて頂けるその恵みの世界があるからこそ、人生を終えていける。そのとき、椿のように、感謝を表現できるでしょうか。(文責住職)


 

令和元年11月25日掲示


 私の命は、一切の御縁によってあらしめられる命であって、もとより、私の思いの通りになるものではないと仏教では説いています。このことが、この身、この心で受け止められることを、仏教の「覚り」というのであります。ところが、この道理の通り生きることは誠に困難なことに気づかされます。仏教の道理を聞かせて頂いても、命に執着し、貪りの心、怒りの心が消えることはありません。このような私たちのために、阿弥陀様の浄土が開かれたのであります。浄土は、命終えたとき、参らせて頂くだけでなく、むしろ命に執着する私の人生を照らし、命の本当の姿を知らせて下さるのであります。このことを、親鸞聖人は、「急ぎ参りたき心なき者を、ことに憐れみたもうなり」と言われているのでしょう。(文責住職)


 

令和元年11月12日掲示


 我々は、ああなりたい、こうなりたいと願い、その願いを叶えることが「幸せ」であるととらえているのではないでしょうか。古田師が言われる「幸せだから感謝する」ときの「幸せ」とは、この願いが叶う「幸せ」であるのかもしれません。しかし我々の願いは叶えられないことも多く、この「幸せ」には不安が付きまといます。たとえ願いが叶わなくても、私の命の尊さはいささかも変わることがない、こう思うことができたとき、それが「本当の幸せ」であるのではないでしょうか。命の尊さとは、一切の恵みを頂いて私がここに生かされていることであります。古田師は、その恵みに感謝するときが命の尊さに気づかせて頂くときであり、それが「本当の幸せ」と言われているのでしょう。(文責住職)


 

令和元年10月24日掲示


 凍えるような冬の寒さも、汗にまみれる夏の暑さも、心細い夜の暗闇も、気がめいるばかりの長雨も、全てが意味を持った大自然の営みであり、これらの恵みを頂いて、植物は育ち、花を咲かせると言えるのでしょう。我々は、一時の過ごしやすさ、快適さにとらわれて、本当に必要なことを見落とすことがあるのかもしれません。星野師は、我々が人生を歩み、自己形成していくことも、これと同じことが言えると指摘されているのです。悲しいこと、苦しいことに遇うと、「なぜこんな目に」と愚痴が出る私ですが、それは「私が私になっていく」ために必要なことであるのでしょう。越後流罪という、非道な出来事も、「これなお師教の恩致なり。」と戴かれた親鸞聖人の御心が偲ばれます。(文責住職)


 

令和元年10月14日掲示


 私がお念仏を申されるのは、限りない御縁の力によるものであると言えます。私自身がお念仏を考え出したわけではなく、釈迦様から始まった仏教の教えが私の生きている時代まで届けられたからであり、お念仏により活き活きと人生を歩まれた数え切れない人々のことを聞かせて頂いたからであり、また、祖父母、父母はじめ、身近な人がお念仏を申される姿を目にしたからではないでしょうか。しかしそうであったとしても、最終的に、私の心が申そうと思わなかったらお念仏が申されることはありません。親鸞聖人は、まさに念仏申そうと思い立ったそのときが、私に届けられている念仏を申させて頂くための全ての御縁の整ったときであり、そのとき既に、如来の摂取不捨の利益を頂いているのだと教えられておられるのでしょう。(文責住職)


 

令和元年10月3日掲示


 我々は、ほとんど無意識に雑巾を使っていますが、このように榎本師に指摘されてみると、その働きの尊さに頭が下がります。榎本師は、この雑巾の姿に、摂取不捨の如来の働きを見出しておられるのです。雑巾の働きに気づかされた心で、我々の周囲を見渡してみると、実はこの私の命を支えるために、数限りないものが、その身を犠牲にして、働いて下さっていることに気づかされます。食べ物としている生き物をはじめ、衣類、住居も、それらを損なうことで我々は生きていくことができるといえます。如来の摂取不捨の利益は、実は周囲のあらゆる働きの中にすでに見出されることを、榎本師は指摘しておられるのでしょう。(文責住職)


令和元年9月23日掲示


 我々は、自分の目標を持ち、願いを持ち、日々一生懸命生きています。その思いが叶えば喜びがあり、嬉しいことですが、いかに努力しても叶わないことがたくさんあるのではないでしょうか。如来は、我々の命というものは我々の思いをはるかに超えた無限の命(無量寿、阿弥陀)に抱かれるものであり、我々の人生の本当の喜びは、思いを叶えることではなく、この無限の命に出逢わせて頂くことであると教えられます。お念仏は、この無限の命の名、阿弥陀如来を呼びながら、実は如来から呼ばれるものであります。桐渓氏は、思いに一喜一憂する私が、お念仏により人生の本当の尊さに心を向けさせて頂けることを、「如来と一緒におる」と言われているのでしょう。(文責住職)


 

令和元年9月10日掲示


 人間は、両手を使えるようになったことで、知能が飛躍的に進化し、道具を作り出し、文明を発達させることができたと言われています。しかし同時に、両手は、争いごとや自然をこわすことにも使われ、罪を生み出すもとになる可能性もあるのかもしれません。その両手を合わせ合掌することは、人間の知能が生み出す世界をひとまず差し置いて、私の命が真に抱かれる世界に心を向けようとする姿勢の表明であると言えるのです。坂村師は、両手を合わせるその心をもって、身の周りの人も物も、両手でにぎる、両手で支える、両手で受ける、そこに、人や物を大切に思う気持ち(愛)、人と人の心の通い合い(情)が生まれると言われているのでしょう。(文責住職)


 

元年8月25日掲示


 「暑い暑い」と愚痴ばかり出る本年の夏であります。しかし、申すまでもなく、太陽のお照らしは、我々の命を維持する大切な自然の恵みです。ところが、感謝よりも不満の言葉が先に口から出る我々の不十分さを、九條師は指摘しておられるのであります。このことからもう少し考えを広げますと、本当に大切なものは、実は、無意識のうちに無限に頂いていることに気づかされるのではないでしょうか。この私の命、肉体、両親の愛情・・・、本当は感謝してもしきれないほどの恵みを頂いているにもかかわらず、不足や愚痴が先に立つ申し訳ない私の姿があるのかもしれません。あらゆる恵みに支えられて、この私がここに生きていることに、喜びと感謝を感じるべきことを、九條師は伝えられているのでしょう。(文責住職)


令和元年8月16日掲示

 我々は御縁によってあらしめられている存在であるにもかかわらず、「私が」「私でこそ」「私でなくては」と、どこまでも私を主張しないと収まらないのが私の姿であると感じられます。このことにより、周囲のものを見るときも、「私にとって」「私のために」と、私を中心とした価値に置き換えて見ていることがあるのではないでしょうか。全てのものは、私の価値判断とは関係なく、それぞれが本来の尊い価値を持った存在であるはずです。念仏申させて頂くことは、この「私」へのしぶといとらわれの心が破られることであります。金子師は、信心を頂き念仏申させて頂くことにより、「私」を離れたものの真実の姿に気づかせて頂けることを、「恵まれた仏の眼」と表現されていると思われます。(文責住職)


 

令和元年8月8日掲示


 この掲示は、本年8月6日、広島での平和記念式典での子供代表二人の言葉です。我々は、自分の育った国、文化、歴史の違いがあり、それにより異なる意見を持たざるを得ない現実があるようです。しかし、核爆弾が誠に非人道的な兵器であることは、人間であれば誰もが感じることであり、それから大切なもの、大切な人を守りたいと思うことは、人類共通の願いではないでしょうか。子供の言葉に、我々の立場の違いを超えた尊い真の願いを教えられます。全ての人がこの願いを心の底に保つことで、核爆弾が決して人に対して使用されないことを願うばかりであります。「みんなの大切を守りたい」の願いは、国に地獄、餓鬼、畜生なかれと願われた仏の本願に通じるものでありましょう(文責住職)



令和元年7月31日掲示


 「諸行無常」は、一般には、人生のはかなさを表す言葉になっており、不慮の出来事をあきらめるための言葉になっているのかもしれません。あきらめも人生においては必要と言えますが、お釈迦様は、この言葉により、むしろ私の生き方そのものを問いかけておられると言えます。我々は、私の思いにとらわれて、物事が予想通りに進むと思い込み、そのとおりに進まなかったとき、「想定外」で仕方がないとなっていることがあるのかもしれません。お釈迦様は、世の中の一切のことは、私の思いを超えて、あらゆる因縁の関わりの中で起こっていると説かれます。これが仏教の「諸行無常」であり、私の思いではなく、私が頂いている御縁の力を中心にすることを、「注意深く」と小川師は表現されていると思われます。(文責住職)



令和元年7月23日掲示


 私たちは、日々一生懸命生きているのですが、どうしても私の思い通りにしたいという気持ちから離れられないことに気付かされます。お釈迦様は、あらゆるものは互いの関係性においてのみ存在できるという縁起の道理を覚られ、この私は一切の御縁の中で生かされている存在であり、思い通りに生きようとする生き方は本来成り立たないことを指摘されました。そして私たちの苦悩は、この成り立たないことを成り立たせようとすることから生じるのだと諭されました。藤本師が、「仏に背きつづけている私」と指摘されているのは、懸命に生きながらも実は思いを叶えることばかりにとらわれている痛ましい私の姿であります。このことに、念仏、つまり仏を念ずることによって気付かせて頂くのが、「仏に出逢う」ということではないでしょうか。(文責住職)

 


令和元年7月17日掲示


 他力という言葉は、仏教の言葉の中でも、最も誤解されている言葉のひとつです。私の努力を放棄して、他のものに頼ろうとする安易な態度を、他力という言葉によって表されたりすることがあるようです。お釈迦様は、私という存在は、私以外の一切のもの、一切の御縁によって在らしめられているという事実に目覚められ、この私を在らしめている一切の力を他力と位置付けられました。実は私の努力も、あらゆる周囲の条件つまり他力によって生み出されたものであると教えられるのです。仏様を拝み、念仏を唱え、信心を頂くことは、自我から離れがたい我々が、この真実に呼び覚まされることであると言えます。梅原師は、この呼び覚まされることそのものも、限りない御縁の力によってこの私に届けられ、頂いたものであると指摘されているのでしょう。(文責住職)


 


令和元年7月10日掲示


 自分の考えだけでは気づかれない大切なことを、仏様の教えによって気づかせて頂く、そのときにお慈悲を喜ぶ気持ちでお念仏が申される、そのことも大事なお念仏の味わいであると感じます。しかし、金子師は、お念仏とは、私たちの心の状態によって申されるものではなく、私の思いをはるかに超えた力により私の口からお念仏が出て下さる、そのことが既に限りないお慈悲をいただいている証拠である、と指摘されておられます。お念仏が申されるそのときそのときに、お慈悲を感じさせていただく、これが本当に生きる力となって下さっているお念仏ではないでしょうか。親鸞聖人が開かれた「ただ念仏」の世界の味わいを、金子師は説かれているのでしょう。(文責住職)

 


令和元年7月2日掲示


 「私が」「私でこそ」と、他人より自分の方が優越していないと気が済まないのが、私の姿であると反省させられます。曽我量深師は、「優越感の正体は劣等感である。」と喝破されました。私のだめなところは、私がよくわかっているので、余計に、他人よりも優れているように思いたい、思われたいのが、この私の姿であるのかもしれません。でも誰もがその姿勢を貫けば、やはり人間関係はぎくしゃくし、争いごとの種になるのではないでしょうか。仮に他人よりも少しくらい優れていると思えるところがあったとしても、如来から見れば、煩悩を離れられない凡夫そのものであります。このことの自覚が、念仏により頂く信心であり、榎本師は「下座」と表現されたと思われます。その心から広がる大きな世界を、「ひろびろ」と表現されたのでしょう。(文責住職)