伝道掲示板

法縁寺は、昭和26年から、山門の左横黒板に、法語の掲示を行っています。
言葉から頂く力を大切にして、私だけでは気付かない大きな世界に、共に出会わせて頂きたいと考えます。
門前をお通りになった際に、目を向けて下されば有り難いと存じます。

令和8年4月8日掲示


 お釈迦様のお誕生のお言葉、「天上天下唯我独尊」の意味を、真城師がわかりやすく解き明かされました。
 「我」とは、「あなたであり、私」であり、全ての人の「我」であります。それが、「かけがえのない」存在であり、「そのままで無条件に尊い」ものであることを、このお言葉は表しています。
 思い通りにならないことに出逢うと、人生の喜びが感じられない私の姿があるように思われます。数えきれない多くの御縁の結実により、思いをはるかに超えて命を頂いていることに目を向けたとき、私の存在そのものの尊さに気づかされるのではないかとお釈迦さまは諭して下さっているのであると受けとめます。
 4月8日は、お釈迦様の誕生日です。お釈迦様のお誕生には次のような言い伝えがあります。
 お釈迦さまは、今から約2500年前、ネパールのルンビニーの花園でお生まれになりました。お釈迦さまは、お生まれになるとすぐに七歩歩まれて、右手を天に、左手を地に指して、「天上天下唯我独尊」と叫ばれました。そのとき、天の竜神が驚き敬い、甘い香りのする雨を降らしてお釈迦様の身体を清めて誕生を祝福しました。これにもとづいて、毎年4月8日に、お釈迦様のお誕生像を花で飾った花御堂に安置し、そのお身体に甘茶をかけてお釈迦様の誕生をお祝いします。これを花まつりと言います。
 花まつりは、お釈迦様誕生のお祝いであるだけでなく、全ての人がこの世に尊い存在として誕生させて頂いたお祝いであります。(文責住職)


令和8年3月29日掲示


 精神科医であり随筆家でもある斎藤茂太師のこの言葉から、ユーモアが感じられる中にも、生きていく上でとても大事なことを伝えて下さったと感じられました。
 先日のミラノ・コルティナ冬季五輪フィギュアスケートでの、三浦璃来選手、木原龍一選手ペアの活躍は、日本中に感動を呼び起こしたのではないでしょうか。私は、その感動は、金メダルを獲得された結果そのものよりも、それに至る過程にあったように思われるのです。一日目のショートプログラムで、木原選手が失敗して演技後うつむいて上を向くことができなかった。そのとき三浦選手は木原選手を無言で抱きかかえられていた。そのあと泣いてばかりの木原選手に、三浦選手は「明日は龍くん(木原選手)のために滑るよ」といわれた。そしたら木原選手は「そしたら僕は璃来ちゃん(三浦選手)のために滑るよ」と応じられたとのことです。この、失敗をした相手を思いやり、互いに支え合おうとする力が、次の日の二人の最高の演技につながったのだと思われるのです。日頃から培われた二人の絆が、むしろ失敗により、更に強いものになったのではないでしょうか。  失敗を通して、自分の思い上がりや不十分さが反省させられる、周囲の人との関係性を見直すことができる、そして本来の私に立ち返らせて頂く。これが「失敗していない人生である」と、斎藤師が呼びかけておられるものと受け止めます。 (文責住職)


 

令和8年3月15日掲示


 孫と一緒にNHKEテレの子供向け番組「あおきいろ」を観ていたら、この「いのちめぐる」の歌が流れてきて、私は心を強く動かされました。番組では、この歌の歌詞が流れながら、晩秋に木の葉が散って地面に落ち、大地の中でその養分が生き物たちに受け継がれていく様子が映されていました。自然の中での「いのち」の営みを静かに観察すると、限りなく互いに関係性を持つ「いのち」、そしてひとつの命が死を迎えたとしても、「バトン」が無限につながれていく「いのち」の姿に気づかされるのではないでしょうか。私の命、私の命ととらわれ、狭い狭い世界を生きていることが多い私に、子供にもわかるような歌詞と映像により、死をも超えていける、無限の世界の存在を教えて下さったように感じられました。
 この歌の中で、優しく、易しく歌われる「いのち」が、仏教において説かれる無量寿そのものであり、そこに「私の生きた理由」があると受け止めることができました。 (文責住職)


 

令和8年3月1日掲示


 北京五輪スノーボードハーフパイプ競技で金メダルを獲得された平野選手は、今回のミラノ・コルティナ五輪の一ヶ月前に、複数箇所を骨折する大怪我を負われましたが、その身体で五輪に出場し、本番で新しい技にも挑戦して成功し、見事7位に入賞することができました。その直後のインタビューで、このことばを述べられたのです。
 我々は、「良いこと」があったり、「悪いこと」があったりして、人生を歩んでいますが、そのときどきにおいて大事なことは、自分なりの精一杯の取り組みであったか、ということではないでしょうか。それが、何より次の成長に結びつくように思われます。平野選手の「ここでチャレンジできた」と言えた全力の挑戦が、「ひとつも無駄なことはない」という、彼の受け止めにつながった、そして、その貴重な経験は、彼のこれからの人生の充実に結びつくに違いないと感じられます。
 彼の演技はもっと高い採点でもよかったという見方もある中、採点に対しての不満も表さず、大怪我をしたことを言い訳にもせず、全身全霊での挑戦において「この悔しさを次につなげていきたい」と述べられた彼のスポーツマンシップに、心からの敬意を感じるとともに、あらゆる御縁が私の成長につながるのだという仏教の教えに通じるものを頂くことができました。 (文責住職)


令和8年2月13日掲示


 個性豊かな俳優として力強く歩まれた樹木希林さんらしいことばである、と同時に、仏教の本質に通じることばであると感じられました。
 仏教においては、私の「死」を通して、いのちの真実の意義、命は無限の関係性の中にあること、が知らされる、と教えられるのです。
 「生」だけにとらわれているときは、私の思い、欲望にばかりに、心を奪われているように思うのです。「死ぬ」ことを実感することにより、「生」は、私の思い通りにはならないこと、周囲の御縁により頂いているものであること、に心を向けられるのではないかと思うのです。そして、「生」の本当の意味、かけがえのなさを知らせて頂くのではないでしょうか。
 「生」の尊さを感じながら、周囲との御縁を大切にして、一日一日を大切に歩む、このことを、樹木希林さんが、「しっかり 生きられる」と、表現されているものと受け止めます。 (文責住職)


令和8年1月29日掲示


 受験シーズンですので、お札(ふだ)を求められたりして、神仏を拝まれる受験生もあるかもしれません。しかし、もしこの礼拝が合格のお願いであれば、合格定員を超える受験生のお願いがあったとき、神様、仏様は困られるのではないでしょうか。ある受験生が、この矛盾に気づき、礼拝は、神仏とともにあると思うことにより、心を落ち着かせるためであると言われていたことを思い出します。私は「なるほど」と少し納得しましたが、仏教における本当の礼拝について考えさせられました。
 仏教においては、我々は、特別なときにだけ仏様とともにあるのではなく、生きている全てのときにおいて、仏様とともにあると考えるのです。むしろ、我々の生を成り立たせている限りない働きそのものを仏様と頂いているのです。食事の際に合掌する、日の出の美しさに思わず合掌する、それは、食事や日の出を通して、既に無限に頂いている自然の恵み、仏の働きに気づかされ、手が合わせられると教えられるのです。我々は、受験のような私の都合を中心として不安が絶えませんが、私の都合を遙かに超えて注がれる、生を成り立たせる限りない働きに気づかされたとき、仏に抱かれ、生きていく道が見いだされると思うのです。高光師は、このことを、「拝まれていることに気づき」「醒める」と、表現されているものと受け止めます。 (文責住職)


令和8年1月15日掲示


 滋賀県では、三日月知事の号令により、「死」をテーマの中心として、考え方を交流して深め合う「死生懇話会」が行われています。他の都道府県では例のない取り組みですが、私は、「自然」「命」を大切に考える、滋賀県ならではの、とても意義深い取り組みではないかと思うのです。そこでは、「死」を中心としながらも、死んだことのある人は居られないので、「死」を通して、生きることを、より丁寧に、より大切に見つめる機会になっているとのことです。このことばは、「死生懇話会」を重ねる中で、三日月知事が感じられたことを述べられたものです。
 いかに元気な人、裕福な人、地位のある人でも、自分や周囲の人の「死」を考えることは、不安で悲しいことではないでしょうか。この意味で、我々の一番の「弱さ」と言えるのかもしれません。「死」を前にしては、いかなる人も平等であり、本当の人間性による、触れ合い、支え合いを見いだせるかもしれないと思うのです。「死」の弱みを共に持つもの同士として、生きている中での弱さも含めて、「弱さを隠さず表明し 支え合いを追求する」、このことが、本当に我々が心を合わせられる道ではないでしょうか。このことを、三日月知事が、「弱さこそ力」と述べられている意味であると受け止めます。(文責住職)


令和8年1月1日掲示


 元旦に、京都の勧修寺村に住むお弟子の道徳が、蓮如上人を訪ね、お正月のご挨拶を申し上げたところ、蓮如上人は、挨拶もそこそこに、このことばを申されたとのことです。このとき、蓮如上人は79歳、道徳は74歳であったと伝わります。500年以上昔の当時とすれば、とてもご高齢であったお二人なので、正月に出会いともに年を重ねた喜びを交流されてもよいところと思われますが、道徳の歳を尋ねられたうえ、その歳になっても、念仏も申していくのだぞ、と諭されたのです。念仏とは、常に私を中心にしながら周囲や自分自身も傷つける私のあり方をごまかしなく見つめ、人や自然の恵みと真に調和する本来の生き方に心を向けることであると私は受け止めています。蓮如上人は、1年の初めであるからこそ、生きていく上で最も大事なことを確認し、自分のあり方をしっかり見つめて、1日1日大切に生きていこうと、道徳と共に気持ちを新たにされたものと思われます。 (文責住職)


 

令和7年12月28日掲示


 「私」は、周囲の多くのご縁を頂いて生きている、いや生かされている、そういう自覚を持って周囲への感謝を忘れない、このことは、とても大事なことであると認識します。しかし、仏教の教えは「無我」であり、そもそも「私」などどこにも存在しないとされるのです。我々は、ご縁の集まりそのものであるものを、「私」と勘違いしてとらわれている、ここに、我々が様々な間違いを引き起こし、苦悩を生み出す原因がある、と仏教では教えられるのです。ご縁に感謝する気持ちは持ちながらも、根本のところで、「私」へのとらわれから離れられず、失敗を繰り返す、このような我々に、小川師は、「ご縁が私となって生きているだ」と、諭して下さっていると受け止めます。 (文責住職)


令和7年12月5日掲示


 仏教から教わる最も大事なことは、私が頂いているいのちは無限につながったものであるということ、と私は受け取っています。このことを心に保つことができれば、どんな状態にあっても、生の尊さを感じながら生きていけるのではないかと思われるのです。金子師が、このような私の自覚が生まれるために、仏典に親しむ以前に、青年、少年、幼年において、それぞれに大切なことを示されたと思われます。
 幼年期においては、「おはよう お休み」により、まず周囲の人との関係性を確かめること。そして、活き活きとした少年期では、「自然」のなかで遊びながら、私のいのちが育まれる「永遠」の働きに触れること。更に、多感で悩み多い青年期には、「古典」により、人生の先輩から生きるための多くの智恵を頂くこと。
 人生での様々な苦悩は、いのちはわたしのもの、わたしだけのものと、とらわれるところにあるのかもしれないと私は思います。どんなときにも、人や自然の恵みの力を頂くことができる、この意識が、人生を歩む力になることを、金子師が伝えられたものと受け止めます。 (文責住職)


令和7年11月22日掲示


 秋季永代経で、秦先生が御紹介下さった、井村和清さんの詩「あたりまえの素晴らしさ」を掲げさせて頂きました。
 井村さんは、若くして足に癌を発症され、足を切断されましたが、肺に転移した癌により、31歳で亡くなったお医者様です。
 井村さんは、死を目の前にして、自らの人生が問い返されたのではないでしょうか。足を失くしたことにより、普通に歩けることの有難さに気づかれた、それだけではなくて、「泣ける 笑える 叫ぶことができる」ことが、いかに素晴らしいことか、更に、家族や友人と共にあること、人生において当たり前にしていたたくさんのことが、いかにかけがえのないことであったかということに心を向けられたのではないでしょうか。
 今日の朝も、いつものように目が覚めて、家族が作ってくれた朝食を頂いたことを、喜べたかどうかあやしい私に、とても大切な心の持ち方を教えて下さったと感じられました。 (文責住職)


令和7年10月21日掲示


 死を目前にしたとき、いままで当たり前にしていた、一瞬一瞬の生の時間のかけがえのなさを、感じずにはいられないのではないでしょうか。「明日死ぬかのように生き」るとは、その自覚を持って、毎日を生きようとすることだと思うのです。
 そして、一瞬の一瞬の生を大切に思う、その気持ちを持って、一生かかっても学び尽くせないような真理に対しても、人生の最後の瞬間までも、学び、自分を高め続ける。「永遠に生きるかのように学ぶ」とは、このような学びではないでしょうか。
 マハトマ・ガンジー師が、自らの厳しい生涯に重ねて、生の尊さと、命の意義を伝えて下さったと受け止めます。(文責住職)


令和7年10月3日掲示


 一見、報恩講の「報恩」の意義にそぐわないように感じられるこの言葉に、今泉師の、深く確実に「私」を見つめられる視点を学ばせて頂きました。
 仏教の教えとは、「知恩」であり「報恩」だけれども、我執にとらわれる私のあり方は、どこまでも「忘恩」であると、ごまかしなく見つめようとされたのが、親鸞聖人ではないでしょうか。むしろそのことを通して、真の「報恩」に向き合うのが、念仏の教えであると気づかされるのです。
 「報恩」を建前だけにせず、正直に私のあり方を見つめることが、親鸞聖人の「報恩講」ではないだろうか。
 1年に一度の大事な報恩講だと、肩をいからせ力んで準備をしていた私に、とても有難い言葉を頂いたと感じられました。 (文責住職)


令和7年9月11日掲示


 正義ということに、大切な意義を見いだす人間のあり方があるように思われます。このことは、社会を維持する上で大事なことであるのでしょう。しかし私の経験を振り返ってみると、いさかいごとが起きたときは、私も相手も正しいと信じたことがほとんどではないかと思われるのです。また私の起こした失敗も、狭い視野や思い上がりにより、正しいと判断したことが原因ではなかったかと反省させられるのです。
 親鸞聖人は、「善悪のふたつ 総じてもって存知せざるなり」と、自らを表明されました。正義を判断するその裏側に、我執にとりつかれた私がある、と聖人が指摘されているのではないでしょうか。我々は「正しい」と判断して行動を起こすのですが、そのときに我執にとらわれた誤った判断はないかと、常に自分に問うことが大事でないかと思われるのです。「自分が正しいと信じて疑わないこと」が、間違いを起こす最も大きな原因なのだと、秦師が指摘しておられるものと受け止めます。 (文責住職)


令和7年8月28日掲示


 フランスの作家カミュは、意味の見いだし難い人生の困難の中で、いかに生きていくべきかということを追求された思想家であると言われています。カミュの小説「ペスト」では、感染症が蔓延する極限状態の中で、人と人の交流や人間性を表現しようとされています。私は、ここに、生きることの本当の意味が現れているのではないかと思うのです。
 仏教では、私の命は生かされているのであり、よって無常であり、いついかなるところでも、どうなるかわからない、と教えられます。しかし、東日本大震災の時は、「絆」の大切さが認識された。コロナ感染症の時は、当たり前の日常がいかに有難いものであるか知らされた。私が生きていることの意味は、生かされていることそのものの中に見いだされるものではないかと教えられるのです。
 「重要なのは」、人生の困難がなくなること、「病が癒えることではなく」、たくさんの困難の中でも、その苦しみの中で生かされる意味を見いだしながら、「病みつつ 生きることだ」と、カミュ師が伝えられているものと受け止めます。 (文責住職)




令和7年7月30日掲示


 私は、生物学の中で、人間の身体の学習をしたとき、想像を絶する仕組みに驚愕した覚えがあります。胃や腸の内側の細胞のひとつひとつが、片時も休まず、食べ物から分解された栄養をつかまえて細胞に取り込む。そしてその栄養は、毛細血管の枝分かれを全て足し合わせると地球2周半の長さがあるといわれる血管網により全身に運ばれる。そして、心臓を出た血液は、1分以内で全身を巡って心臓に戻ってくる。しかも命を維持するこのような働きは、私の意識と全く無関係に、知らない間に行われているのです。「生かされて生きる」としか言いようのないこの身体の「不思議」を知ったとき、いまここにこうして私が「生きることは」、有ることがとても難しい、文字通り、「有難いこと」であることに気づかされるように思われます。身体の内部のこのような働きだけでなく、私の命が、周囲の自然や人の、無限の恵みを頂いて支えられていることにも目を向ければ、「感謝し 手を合わせていこう」との坂村師の呼びかけに、自然にうなづくことができるように感じられます。私の命が、いかに尊いものであるかということに気づかされるのではないでしょうか。 (文責住職)


令和7年7月14日掲示


 人が手を合わせる姿は、仏教徒であるかないかを問わず、誰もが大切にしている姿であり、何か尊いものを感じさせて頂く姿ではないでしょうか。
 我々は日々一生懸命生きているのですが、いつのまにか私の思いや欲望が中心になってしまい、周囲の人と行き違いが生じる、このようなことはないでしょうか。仏教においては、周囲の自然や人と調和してこそ私が存在できるということが命の道理であり、私の思いや欲望を中心にする生き方は、必ずその調和を壊して私の生を危くする、と教えられます。
 私の思いや欲望を表現するのが両手ではないでしょうか。その両手を合わせることは、私の思いや欲望をひとまず差し置くことであり、その心を持てたとき、周囲のあらゆるものに支えられる私の命に心が向けられるのではないかと思うのです。そのことを、「拝まれている自分に気づく」と、林師が伝えられていると受け止めます。 (文責住職)


令和7年6月30日掲示


 宇宙の全ての存在は、互いに支え合って成り立っている、それはちょうど網の目のようなものであり、一つの網の目は、周りの網の目があることによって網の目として存在できるのである、これが、仏教が考える、私を含めた全ての存在のあり方のようです。このことは、冷静に考えれば、誰もがうなづける事実ではないかと私は思います。従って、一つの網の目が、一つの網の目だけで網であることを主張すれば、とてもこっけいなことのはずですが、どうも、私という存在は、このようなことに陥りやすいのでないかと思われるのです。私が、私でこそ、私でなくては、と、どこまでも私を主張したがる、存在の法則から外れるこのような私のあり方は、結局、私自身が「穏やかになる道」から外れていくあり方ではないでしょうか。三明師の言われる、「謝罪」とは、何か特別な悪いことしたからということでなく、周囲のことをかえりみず、私中心であることから離れがたい私を、きちんと見つめようということなのだと思います。そしてそのことにより、私がここにあるのは、私によるものではなく、周囲のあらゆる存在の御陰によるものだと気づかされたとき、おのずから「感謝」の思いが起こる、このような歩みが「穏やかになるになる道」であり、仏になる道であり、「これが念仏です」と、三明師が伝えられていると受け止めます。 (文責住職)


令和7年6月17日掲示


 私という存在は、私の思いによって作られるものではなく、私以外の一切の御縁によって在らしめられるものである、と仏教では教えられます。「日々の小さなことに 歓びや幸せを感じることができる」ということは、思いを超えて私に働く、限りない御縁、自然の恵みや人の恵みに、丁寧に心を向けることができ、感謝の気持を持つことができるということではないでしょうか。そのような人は、たとえ、自分のそのときの思いや願いが閉ざされるような「人生上の大きな苦しみ」に出会ったとしても、閉ざされた思いも超えて、いつも導かれていた無限の恵みによる力に励まされながら、「耐えることができる」、生きていくことができる、と葉師が伝えて下さっているものと頂きます。 (文責住職)


令和7年6月1日掲示


 真宗の研修会での食事の後には、「われ今、この浄きを終わりて、心豊かに力身に満つ ごちそうさま」を唱えます。いうまでもなく、私が食事として頂くのは、全て生き物であり、それぞれは頂いた命を大切に生きているのだと思われます。その命を奪って、「心豊かに 力身に満ちている私」であることに心向けたとき、私は、「無数のいのちと無数の涙から作られているのだ」ということがうなずけるのではないでしょうか。
 考えてみますと、言うことを聞かず両親を悲しませたり、無神経なふるまいで家族を泣かせたりしたこともあったと思われます。私が平気な顔で生きているその後ろ側で、「無数のいのち」の犠牲と、「無数の涙」があったかもしれないことが思われます。
 そのことに思いを致して、まず私の命を大事に生きていこう、そして私の命が支えられる自然や人の恵みを大切にしていこうと、佐々木師が呼びかけておられるものと受け止めます。 (文責住職)


 

令和7年5月18日掲示


 小倉遊亀師は、日本を代表する日本画家であり、104才まで画家としての活動を続けられ、105才で生涯を閉じられました。その御一生を通して追求されたことは、人、植物、事物の中に、「天地の恵みを頂いて」無心に輝く、本当の美しさ、本当の価値を見いだすことであり、何げない身近な存在に、崇高な精神性を表現された多くの作品を遺されました。
 我々は、ああなりたい、こうなりたい、あれが欲しい、これが欲しいと、それで得られる結果が、人生の価値を決定するかのように考えてしまうことがあるのではないでしょうか。それは我執に支配される迷いの姿であると仏教ではとらえます。仏教においては、私という存在は、私の思いをはるかにこえて、無限の「天地の恵みを頂いて」、久遠の昔からの気の遠くなるような多くの御縁の積み重ねにより、今ここに在らしめられるものであると教えられるのです。そのようにして頂いた希有の命を、ありのままに、精一杯燃焼することに、本当の喜び、本当の価値があるのだということを、小倉師が、その作品と、この言葉により伝えられておられるものと受け取めます。 (文責住職)


 

令和7年5月5日掲示


 正岡子規師は、結核に侵され、身体の苦しみを抱える中で、随想録「病床六尺」を著わされ、その中でこの言葉を遺されました。正岡師は、はじめ悟りとは平気で死ねることだとらえていたが、それは間違いであり、「平気で生きていること であった」と吐露されています。身体の大変な苦しみの中においても、仏法を、生を強く支えるものとしてとらえ、そして生の喜びと意義を見いだされているところに、この言葉から頂く感動があるのではないでしょうか。
 我々は、ふだんは私の力で生きていると思うこともありますが、身体が病に侵され、私の力の限界を知らされたとき、そのときこそ、私の力や意識をこえた、生を支える無限の他力の働きに気づかされるのかもしれないと思うのです。その働きを、仏の無限の働きととらえたとき、身体の苦しさの中にも、生きていく道が見いだされるかもしれないと思われます。 (文責住職)


令和7年4月22日掲示


 美しく咲いていた桜の花びらが、風雨に散る姿を見ると、誠に寂しい気持ちになります。しかし散ったたくさんの花びらは地面の栄養となり、花が散った後の桜の木は、葉桜と呼ばれますが、栄養をしっかり蓄える重要な時期を迎えるのです。桜の花びらが散り、その美しさにとらわれる心から解放されると、天地の恵みを頂く、桜の本当の命の営みに気づかされるのではないでしょうか。
 大事な人や私自身の命も、やがては桜の花びらのように散ることになります。それは、生に強く執着する私にとっては、限りなくつらく寂しいことですが、世代が交代しながら豊かな人間の生活が育まれてきた事実、更には、私の命が、生や死を超えて、無限の命の関わりの中で生かされてきた真実、つまり無量寿ということに気づかされるのではないかと思うのです。そのことを、伊東師は、「天地の悠久が かえって 明らかになる」と表現されていると受け止めます。 (文責住職)


 

令和7年4月9日掲示


 お釈迦様のお誕生のお言葉、「天上天下唯我独尊」の意味を、真城師がわかりやすく解き明かされました。
 「我」とは、「あなたであり、私」であり、全ての人の「我」であります。それが、「かけがえのない」存在であり、「そのままで無条件に尊い」ものであることを、このお言葉は表しています。
 思い通りにならないことに出逢うと、人生の喜びが感じられない私の姿があるように思われます。数えきれない多くの御縁の結実により、思いをはるかに超えて命を頂いていることに目を向けたとき、私の存在そのものの尊さに気づかされるのではないかとお釈迦さまは諭して下さっているのであると受けとめます。
 4月8日は、お釈迦様の誕生日です。お釈迦様のお誕生には次のような言い伝えがあります。
 お釈迦さまは、今から約2500年前、ネパールのルンビニーの花園でお生まれになりました。お釈迦さまは、お生まれになるとすぐに七歩歩まれて、右手を天に、左手を地に指して、「天上天下唯我独尊」と叫ばれました。そのとき、天の竜神が驚き敬い、甘い香りのする雨を降らしてお釈迦様の身体を清めて誕生を祝福しました。これにもとづいて、毎年4月8日に、お釈迦様のお誕生像を花で飾った花御堂に安置し、そのお身体に甘茶をかけてお釈迦様の誕生をお祝いします。これを花まつりと言います。
 花まつりは、お釈迦様誕生のお祝いであるだけでなく、全ての人がこの世に尊い存在として誕生させて頂いたお祝いであります。(文責住職)


令和7年4月6日掲示


 歩む道を照らし出す灯心の働きを通して、私の命が育まれるために、何が必要であるのかを、谷野師が伝えられていると受け止めます。
 四月十九日に母の法事、六月十四日に父、祖母の法事を勤めさせて頂きますが、私を育てるために、「みずからは 燃えつづけ 細り やがて消えていく」歩みが、父母、祖母の歩みでなかったかと思われるのです。戦争の時代を生き抜き、戦後の社会の激変の中で、節約と我慢をしながら、後の我々の生活のための、大事なたくさんのものを遺してくれたように思います。御法事の法要に燃える灯心を見ながら、感謝の気持ちを新たにして、私自身も、このようにあるべきことを、心に刻みたいと思います。 (文責住職)


令和7年3月23日掲示


 私の人生を振り返ると、仕事上で出会った、いくつかの「苦しみ」が思い出されます。そのときには、本当に逃げ出したい、と思いましたが、それもかなわず、ただ耐えながら取り組むしかありませんでした。ところが、そのことが、普段省みることがなかった平素の姿勢を、とても深刻に反省することにつながり、その後の私の成長に強く結びついたように思われるのです。もしその「苦しみ」に出会わなかったら、大事なことに気づかないままであったと思われます。
 仏教によると、私という存在は 、私の苦や楽の思いを超えた、あらゆる御縁により、人として育てられるのであると教えられます。
 「苦しみ」の中でも歩みを続けて、「苦しみ」から気づかされる尊い真実に目を向けていく。それが、単なる「苦しみ」として、とらわれることのない生き方ではないでしょうか。このことを、秦師が、「苦しみでなくなる」と表現されていると受け止めます。 (文責住職)


 

令和7年3月9日掲示


 この坂村師の慈愛に満ちたことばには、強く心を動かされるものを感じます。そしてそのときに同時に気づかされることは、この言葉に表される心は、我々の父母、祖父母をはじめ、限りない祖先の方々が、「あとから来る者のために」保って下さったことではないかということなのです。美味しいお米、身体に優しい野菜や果物、栄養のある肉や魚貝等々、先人の方々のたくさんの「苦労」や「我慢」の御陰があって、私が健康に安全に口にできているのではないでしょうか。私がいま生きていることの全てが、祖先の御陰であることが思われます。そして、最も大事なことは、坂村師が、私に、「あとからあとから続いてくる あの可愛い者たちのために」「自分にできるなにかしてゆくのだ」と、強く迫っておられることを、受け止めねばならないと考えます。 (文責住職)


令和7年2月23日掲示


 今日の彦根は朝から雪が舞い、一昨日の積雪をやっと片づけたところなのにと、うんざりしている私があります。
 新潟県十日町市に竹所という集落がありますが、日本有数の豪雪地域で、昔から苦労の多い地域であると知られていました。ここに、今から30年前、ドイツ人建築デザイナーのカール・ベンクスさんが移り住まわれ、農家の古民家を、素敵なリフォームで再生され、都会から移住される方や訪れる方も増えて、過疎とされていた集落が、「奇跡の集落」とよばれるようになっているというのです。カールさんは、雪に覆われる竹所を、「世界一美しい」と言われています。そういえば私も、子供のころは、雪が降ることは、「ばんざーい」と叫びたくなるほど嬉しかった記憶があります。もちろん、豪雪地域の方々の大変な御苦労を忘れてはなりませんが、自然の営みの持つ、様々な面に注意を払わなければならないのではないでしょうか。雪そのものが、幸せか不幸せかを決めるのではない、その恵みを頂く心が大切であり、それが「幸せと思う心」につながるのだ、と小林師は表現されているものと受け止めます。 (文責住職)


令和7年2月9日掲示


 人間のあり方を冷静に見つめてみると、あくまで私を中心にして、私にとって都合が良いか悪いか、ということを判断の基準「ものさし」にして、周囲のことやものを判断をしているのではないかと思われるのです。晴れの天気を良い天気と表現したり、私の気に入った人を良い人と感じたり、これが、「私のものさしで問う」あり方です。これらの判断は、時には正しいこともあるかもしれませんが、自然現象の意味を取り違えたり、仲間の大切な忠告を誤解したり、まちがいが生じる原因にもなるのではないでしょうか。仏教においては、この私中心のあり方を、我執と呼び、人間の悩み、苦しみの原因であると教えられます。我執をなくすることは簡単にはできませんが、このような困った「ものさし」を持っている私であるということを、常に自覚して、正しい判断に近づこうということが、藤場師のいわれる「私のものさしを問う」あり方であると思われます。 (文責住職


令和7年1月26日掲示


 何にも起こらない静かな日常は居心地のよい有難いものですが、いつのまにかその平穏なことが当たり前になり、それに対する感謝や喜びがあまり感じられなくなる、このようなことはないだろうかと思うのです。TBSテレビで放映されていましたが、輪島市で能登半島地震を被災された今寺さんは、家をなくされた地域の人たちと力を合わせて生活されておられる、そして、地域の復興に協力されるボランティアの方々に丁寧に感謝されて、この言葉を述べられていました。「何でも嬉しい」「能登のこと考えてくれるだけで嬉しい」この言葉が、私はとても心に残りました。自らに向けられていること、自らに向けられている気持ちの一つ一つに感動し感謝されている。このようなみずみずしい心を持って、私は生活できているだろうか。このような心を持って過ごせれば、日常はもっと輝いたものになるのではないだろうか。今寺さんの言葉とその生き方から、私がおろそかにしている大事なことを教えて頂いたと感じさせて頂きました。 (文責住職)


令和7年1月12掲示


 これは、能登半島地震で、御家族四人、御親族五人を亡くされた大間圭介さんが、インスタグラムで発信されている言葉です。 大間さんは、亡くなられた御家族の御生前の活き活きとした様子をインスタグラムで発信されて、それを多くの人に知って頂き、御家族が生きられた証としたいと述べられています。そして、我々が周囲の人と何気なく過ごしている「今」が、いかにかけがえのない「特別な瞬間」であるかということに気付かれ、「ぜひ感謝を伝えてあげて下さい」と、我々に伝えて下さっているのです。
 大間さんのお寂しいお気持ちはいかばかりかと思うと、それは推し量り難い感じが致しますが、その生き様から、大事なことを教えて下さっているように感じられるのです。それは、大間さんの最愛の御家族との「特別な瞬間」は、大間さんの中にしっかりと存在して、御家族が亡くなっても無くなっていないのではないかということなのです。その「特別な瞬間」は、大間さんの血となり肉となり、無意識のうちにも働いて、大間さんに働いて下さっているのではないかと思うのです。それを大事にしたいというお気持ちが、インスタグラムでの発信に繋がっているように思われます。そのことが、御家族のいのちが、生きて働いて下さっているということであり、そのことの全体が、御家族が生きられた証ではないだろうかと、私なりに受け止めさせて頂いております。 (文責住職)


 

令和7年1月1日掲示


 あけまして、おめでとうございます。どうぞ本年も、宜しくお願い致します。
 お正月を迎えましたが、ちょうど一年前の昨年のお正月、能登地方で大きな震災が起こり、たくさんの方々が亡くなりました。改めて、深く哀悼の意を表させて頂きます。また、被害を受けられて、いまだに御苦労多い日常の方々に、心よりお見舞いを申し上げます。
 この言葉は、穴水町の奥様の御実家で、 奥様、四人のお子様、奥様の御両親、奥様の妹様御家族、合わせて、十人の御親族を亡くされた寺本直之さんが、現場において、しぼるようにして発せられた言葉です。自暴自棄になってもおかしくないこの状況の中で、「あきらめない」「無駄にしない」「命ある限りやっていきます」と言われている ことに、この方の、心の強さと、御家族、御親族に対する、深い深い愛情を感じます。他の人には想像も出来ない悲しみの中で、亡くなった大事な人達の「いのち」を、懸命に受け止め、「引き継いで」いこうとされているお姿に心が打たれます。
 お正月に当り、この言葉により、人間は、このような強い繋がりを頂いて生きているのだということを、改めて教えられるとともに、この繋がりを大事にして、本年も力一杯生きていかねばならないということを、厳しく諭して下さったと受け止めます。 (文責住職)


令和6年12月16日掲示


 秦師らしいユーモアの感じられる言葉ですが、その中に、私の本質的な欠点を、実に明晰に指摘されていると受け止められます。
 人の欠点、問題点を、とても簡単にあげつらう私の姿はないでしょうか。仏教によれば、そもそも人間というのは、煩悩を離れることができない凡夫であり、私が気がついた人の欠点というものは、大なり小なり私も持っているのであると指摘されるのです。むしろ、私自身その欠点を持っていることを薄々感じながら、そのことを否定したくて、人の欠点を批判しているのかもしれないとも感じられます。目を外に向けるのではなく、私自身の本質をごまかさずに見つめる、これが、愚禿と名乗られた親鸞聖人の考え方であり、共に、罪悪深重、煩悩熾盛の衆生として、真に人と手をとりあえる道ではないでしょうか。 (文責住職)


令和6年12月1日掲示


 先日テレビ番組で、第二次世界大戦終結を満州で迎えた日本人の方々が、満州でも、帰国してからの日本でも、多くの苦難を経験されたことが放映されていました。そのひとりである作詞家なかにし礼さんが、そのときに経験した辛さ、悲しさの感情が、その後の歌謡曲づくりに反映されて、人の心に訴えることが出来たのではないか、ということを言われていました。また、満州で孤児となられた方の孫である、世界的に流行したスマホゲームの制作者も、家族とともに日本に来られたときの幼い頃の体験が、ゲーム制作に結びついたことを語っておられました。過去の体験は、むしろその後の歩みによって、その意味が見いだされることがあるということが感じられます。藤代師が、私に、「これから」の歩みが、「これまで」の私の人生の意義を「決める」のだ、と励まされているように受け止められます。 (文責住職


 

令和6年11月18日掲示


 仏教というものは、どういうことを私にもたらすのか、ある意味では、仏教とはなんだろうか、ということを、尾畑師は、この言葉により表現されているように思われます。仏教においては、「欲望を満たすこと」に強くとらわれる心は、貪欲という煩悩であるとされ、ここから様々な苦しみが生み出されるとされるのです。貪欲の心は、欲望が満たされないときに苦しみを生み出すだけでなく、満たされてもまた別の欲望を求めて際限がない、満足を感じることが出来ない苦しみがまた生み出される。つまり欲望が満たされることは本当の救いではないと教えられるのです。
 私がいま生きていることは、私の欲望や思いで作り上げたものではなく、私の意識をはるかに超えた数え切れない御縁や恵みによるものである、このことを仏教のとらえる「真実」であると私は受け止めています。欲望が満たされても満たされなくても、この無限の意義を持つ私の命を、精一杯生きていこう、これが仏教の「真実」から頂くことではないか考えます。(文責住職)


 

令和6年11月4日掲示


 雲井師のこの明快な言葉に、とても清々しく、勇気づけられるような気持ちを頂きました。
 ころぶ、失敗する、このことはとても残念で悲しいことのように思われてしまいます。しかし、このような気持ちのときこそ、周囲の人との関係性、自分のあり方が反省されるのではないかと思われるのです。物事が思い通りに進んでいるときには、こういうことはおろそかになっているのではないでしょうか。ころぶ、失敗することは、次の大きな成長、飛躍のための、大切な機会である、と雲井師は指摘されているように思われます。
 失敗ばかりを悲しみ、成功だけを喜ぶ、私の我執の分別の危うさを教えられます。(文責住職)


 

令和6年10月22日掲示


 他人を責めること、とても厳しい私であることを反省させられます。私の目は往々にして外に向き、自分なりの正義をもとに他人を批判する。安田師は、このことを「自己がわからない人は 他人を責める」と指摘されていると思われます。私の目を、外ではなく内に、他人ではなく私自身に向けること、このことが、仏教において、最も大事とされていると私は受け取っています。批判したくなる事柄を、冷静に正直に、私自身に当てはめると、私もそれに陥りそうであることに気づかされるかもしれません。親鸞聖人は、まず自身の煩悩いっぱいの姿を見つめられ、共に煩悩にあふれた凡夫であることを悲しみながら、人々との連帯を深めていかれました。「自己がわかった人は 他人を痛む」、このことが、人と人をつなぐ大切な姿勢であることを、安田師が指摘されていると受け止めます。 (文責住職)


 

令和6年10月6日掲示


 報恩講2日目(10月15日)午前に、平成21年以降に亡くなった洗心会5名、婦人会会員9名の方々の追悼法要を行います。真摯な聞法の姿を示して下さり、仏法を本当に大事に考えて下さった方々でした。昨年亡くなった私の母とほぼ同世代であり、最も苦労の多かった戦中戦後の時代を生き抜かれた方々といえるのではないでしょうか。この方々を振り返ると、人とのつながりを大事にする心、ものを大切にする心、感謝する心を、当たり前のように備えておられたように思います。それは、御自身の心がけもさることながら、難しい時代を生き抜かれる中で身につけられたこともあったかもしれません。これからの時代、ものに溢れ便利になる反面、自然環境や人間関係の難しさも予想されます。そのなかにおいて、忘れてはならない人間として大切なことを、この世代の方々に訪ねることの意義があるのではないかと思うのです。そして、微力ながら、我々がそれを子や孫に伝え、豊かな心を持ってこれからの時代を歩んで欲しい、と願うのです。追悼法要に当たり、私の抱いたこの気持ちを、道綽禅師がこの言葉に表されたものと受け止めます。 (文責住職)


令和6年9月22日掲示


 秦師のこの言葉に接したとき、私は「あれっ」と、意外な印象を受けてしまいました。しかし、何度か読み返してみて、「あっ、そうだったなあ」と、考え直し納得することができました。このことから知らされたことは、 私の中に、「思い通りになることが順調である」と、当たり前のように考えている私が居るということでした。
 仏教においては、私というものは、私の思いをはるかに超えた無限の因縁の連なりにより、生かされているのであり、そのような私がひとつの結果を得ようとしても、それは、私の思いを超えた無限の因縁が成り立つことによるのだ、と教えられるのです。 つまり結果を得るための私の行為は、無限の因縁の中の一つにすぎないということなのです。
 「思い通りになることが順調である」ことに囚われる私は、思い通りにならないとき、自分を責めて傷つけたり、運命を憎んだりすることがあるのではないでしょうか。思い通りでないときこそ、ちっぽけな私の思いをはるかに超えて、無限の働きに生かされる身であることに心を向けようと、この言葉により、秦師が表現されているものと受け止めます。 (文責住職)


令和6年9月8日掲示


 晴れた日は嬉しい、雨の日は残念だととらえてしまう私に対して、目覚めを頂く、とても新鮮な言葉と感じられました。
 自然の中に生きる樹木は、晴れた日は、その葉に太陽の光をいっぱいに受けて養分を作りだし、更に枝を伸ばして成長しようとする。雨の日は、地中に水分の潤いを受けて、しっかり根を伸ばして成長の基礎を作ろうとする。この樹木の姿に、私の生き方を教えられるように思うのです。順調なときは元気な活動により自分の能力が高まる充実感がありますが、順調でないときこそ、自分の歩みを振り返り、弱点に取り組む、また自分の振る舞いを反省し、周囲の人との関係を見直す。このことが、私の次の成長につながるように思われます。このことを、福島師は、「根が伸びる」と表わされたものと受け止めます。 (文責住職)


 

令和6年8月25日掲示


 親鸞聖人は、「凡夫といふは、無明煩悩われらが身にみちみちて、欲もおほく、いかり、はらだち、そねみ、ねたむこころおほくひまなくして、臨終の一念にいたるまで、とどまらず、きえず、たえず」と表現され、自身はこの凡夫であると見極められました。この言葉から、凡夫とは、仏(ぶつ)から遠いものであると感じられるかもしれません。しかし、私は、むしろこの言葉の中に、凡夫が仏(ぶつ)に近づいていく教えが示されているのではないかと思うのです。煩悩に真剣に向き合えば向き合うほど、それは生命維持の根本に結びついており、それを離れることの難しさに気づかされるのではないでしょうか。むしろ、自身が煩悩いっぱいの凡夫であることをごまかさず見つめて、それを悲しむ心、反省する心を、たゆまなく持ち続けることの中に、仏(ぶつ)に、少しずつではあるが、確実に近づいていく道がある、このことを安田師は、「凡夫に目ざめた人を仏という」と表されていると思われます。 (文責住職)


令和6年8月11日掲示


 もうじきお盆の期間に入りますが、お盆は、仏教の盂蘭盆(うらぼん)、古代インドの言葉「ウランバーナ」からきているといわれ、この言葉は、倒懸(逆さ吊りの苦しみ)という意味を持ちます。お釈迦様は、人間が悩み苦しむ状態を、自分で進んで「逆さ吊り」になり、苦しい苦しいと言っているのだと指摘されました。どうも我々は、「自分の思い」「自分の都合」を、判断の一番上においているため、物事が「行き詰まる」とき、自責の念や挫折感を、必要以上に強く感じてしまうのではないでしょうか。仏教によりますと、我々は、一切の周囲の御縁に生かされている存在であると教えられます。かりに「自分のはじいたそろばん」通りに物事が進まなくても、頂いた命を精一杯生きる中に、私の思いとは別の方向にも道は開ける、このことを、大行寺英月師は上の言葉により表現されているのであり、お釈迦様は、盂蘭盆、「ウランバーナ」という言葉で、我々に伝えて下さっていると受け止めます。 (文責住職)


令和6年7月28日掲示


 芭蕉翁のこの俳句は、近江の国の幻住庵での作と伝わります。前言に「無常迅速」と書かれ、活き活きと激しく鳴く蝉も、数日で死ぬことになる無情の厳しさを表現されたものと解釈することができます。しかし私には、蝉の姿を通して、いのちの輝きを表現されているように感じ取れるのです。蝉が鳴くのはオスだけであり、その鳴き声により、繁殖相手のメスを呼んでいるとのことです。大声で鳴けば、鳥に見つかるかもしれない、人間の子供に捕まるかもしれない、そんなことは構わず、与えられた数日において、一心不乱に鳴いていのちを繋げようとする。自分の一生ばかりにとらわれて、一喜一憂している人間に、いのちは自分だけのものではない、いのちはみんなのものだ、と伝えようとしているのかもしれません。毎日の死にそうな暑さで気が滅入りがちな私を、蝉たちが力強く応援してくれていると受け取りたいと思います。 (文責住職)


令和6年7月14日掲示


 難しい文章が理解できない、ややこしい計算ができない、こういうことは日常生活でよく経験することであり、そのたびに、自分があまり賢くないことに気づかされます。しかし、九條師のいわれる「自分の愚かさ」とは、そのような理解能力の不十分さのことではなく、私の存在の根本に関わることであると思われます。親鸞聖人は、自身を「愚禿」と名乗られ、「無明煩悩われらが身にみちみちて、欲も多く、怒り腹立ちそねみねたむ心多く」「真実の心はありがたし」と表現されました。それは、私の存在そのものの「愚かさ」なのだと思われるのです。しかし同時に、このような自覚に立たれたからこそ、現に、私の分別を超えて、限りなく頂くもの、無限に注がれるものがあるということに、大きく心が開かれたのではないかと思うのです。九條師は、この自覚に立つ人を、「本当に賢い人」と表現されているのであり、法然上人が「愚者になりて往生す」と説かれたのはこの生き方であると受け止めます。 (文責住職


 

令和6年6月30日掲示


 仏教によりますと、命とは、私の命、あなたの命と、バラバラなものではなく、我々は、繋がりあい支えあう共通の大きな命を一緒に生きているのであると教えられます。ところが、私は、私にとらわれて、私の命、私だけの命と考える、実はここに私の苦悩の原因があると、お釈迦様は指摘されました。鈴木章子師は、44歳で癌を発症され、47歳で亡くなられましたが、自らの死、自分の命の限界を意識される中で、それを真に支える命の本当の姿、繋がりあい支えあう共通の大きな命に心を向けられたのではないでしょうか。「命わけあいし者」が、生きている間は我執により、悲しいことにバラバラになろうとする。ところが、命を終えたとき、我執が消え去り、「ふたたびここに会える」、命の大きな泉で「いやあおかえり」とみんなに声をかけて頂ける。自らの死を意識されることを通して、無量寿に遇われた心持ちを、この言葉にされたものと受け止めます。 (文責住職)


令和6年6月16日掲示


 宮崎駿師は、「もののけ姫」「となりのトトロ」「千と千尋の神隠し」等など、多くのアニメーションの制作を通して、子供だけでなく、あらゆる世代の人々に感動を届けられた方です。この言葉により、人の心を動かすには、何が大事かということを伝えられているように思います。
 「面倒くさい」ことを避けたい、少しでも楽をしたい、これは人間の持つ基本的な欲望であり、仏教で言われる煩悩の一つであると思われます。しかし、これではいけない、大変であっても大事なことを追求したいという、我々の心の底からの呼びかけもあるのではないでしょうか。 実はこの呼びかけにより、仏教の教えが、砂漠や海を越えて、命がけの手間や苦労をかけて、約2000年前に、インドから中国、中国から日本へ伝わったのです。そしてその教えは、五劫思惟(ごこうしゆい、気が遠くなるほどの時間をかけた思索)、 兆載永劫の修行(ちょうさいようごうのしゅぎょう、計り知れない年月の限りない修行)の努力により成就されたと表現されるのです。
 忙しい現代において、速さや効率が優先されるのはある程度仕方ないかもしれませんが、それにより、大事なことが失われることは、とても残念に思われます。「面倒くさい」と感じたとき、それは「大事なこと」かもしれないという心の底の呼びかけに耳を澄まそうと、この言葉により宮崎師が伝えられているように思います。 (文責住職)


 

令和6年6月2日掲示


 私という存在は、自分中心でありたいという欲望やそれが満たされないときの怒りにより、人と仲良くできなかったり、又、ときには自分勝手なものさしを振り回して、人を傷つけたりすることがあるように思います。仏教における煩悩とは、この欲望や怒り、勝手なものさしのことです。ところが、この煩悩は、実は私の生命を維持することと強く結びついていると思われ、これを否定することは、「人間の廃業」につながる。かといって肯定することは やりたい放題につながり、「人間の動物化」になると、武内師は指摘されているのです。この煩悩とどのように向き合うかが、人生の大きな課題ではないでしょうか。  親鸞聖人は、人間は「凡夫」であり、「無明煩悩われらが身に満ち満ちて、欲も多く、怒り、腹立ち、そねみ、ねたむ心多く、ひまなくして、臨終の一年に至るまで、止まらず、消えず、堪えず」と表現され、自らもその「凡夫」であると表明されました。私は、この真摯な表明の中に、最も大事な煩悩への向き合い方が示されているのではないかと考えます。念仏により、常に私自身をふり返りながら、煩悩をごまかさず見つめて生きる、それは、如来により私の真実の姿が照らし出されることであると思うのです。そしてこのことにより、私の煩悩の行動において、辛辣な反省が生まれ、他の人と響き合えるような行動の変革が、少しづつでも確実にもたらされる。このことを、「煩悩の変革は 人間性の回復」であると、武内師が表現されていると受けとめます。(文責住職)


令和6年5月19日掲示


 過去を振り返り、あの時、こうすれば良かった、こうであったら良かったと、後悔と残念ばかりの私があります。しかし冷静に考えてみますと、仮に過去がそうであったとしても、思う通りの今になっている保証はどこにもないのではないでしょうか。仏教によりますと、私の今は、私の思いをはるかに超えた、限りない御縁によって作られているのであり、一つや二つの過去の事象が別のことになったところで、私の今を思い通りにすることなど不可能なことを教えられます。無限の御縁を頂いて私の今がある、それは、私の今が、思いで量ることのできない無限の意義を持つものであることを表しているのではないでしょうか。尊い今が受け止められ、今を尽くして生きていける、そこに、後悔と残念ばかりの「過去の意味が変えられる」と、英月師は指摘されているものと受け止めます。 (文責住職)


令和6年5月5日掲示


 少しでも安心を得たい、充実感を得たいということが、生きている中での、切実な欲求ではないかと思われます。それを、「助かる」と、竹部師は表されていると思われます。しかし、それを求めて求めてなかなか叶えられないのが、私の現実ではないでしょうか。人生の目標を持ち、それに向かって努力することは、生きていく上で大事なことと思われますが、本当の安心や充実感は、それとは別のところにあるということが、この言葉に表される竹部師の気づきではないかと思うのです。私の今朝を見直してみると、爽やかな朝日に目覚め、軽やかな鳥の声に元気をもらった。本堂に行くと、阿弥陀様、父母の法名に合掌することができた。仏教によりますと、私は、既に有り余るものを頂いている存在であり、限りなく尊い存在であると教えられます。どうも、そのことに充分に気付かず、外へ外へ「助かる」ことを求めているのかもしれません。フランスの童話「青い鳥」も、このことが著されていると思います。「助かることも 要らなかった」私の尊さに、気付いた人が、本当に「助かった人」であると、竹部師は述べられているていると受け止めます。 (文責住職)


令和6年4月20日掲示


 彦根では、今年は桜の開花が遅く、四月になってから咲き始め、ちょうど入学式のころに満開となりました。新しい生活を始めるに当たり、新入生たちは大変勇気づけられたのではないでしょうか。私も、三月が寒かっただけに、美しい桜に、とても心が癒されました。その桜も、今は散りましたが、桜に力をもらった我々は、少し元気に春からの生活を歩めるように感じられます。
 これと同じように、お世話になった人が亡くなっても、その人から頂いたことは、私の血となり肉となっているはずだから、消えて無くなることはないと思われるのです。私の力となって常に働いて下さる、そのことを、「花は散らない」「人は死なぬ」と、金子師は表現されているものと受け止めます。
 本日、四月二十日、母の一周忌を勤めます。母に感謝をしながら勤めたいと思います。(文責住職)


令和6年4月8日掲示


 桜の花が美しい春を迎えました。三月が寒かっただけに、美しい花に心が癒されるます。しかし、その美しさは、「それに気づく心」によるものであることを、慈雲師の指摘から、改めて教えられたように感じられます。
 普段の私の心を正直に眺めてみますと、自分の利益を優先したり、自分の誇れることを探してみたり、褒められること少ないと感じられます。しかし花や月を美しいと感じる心は、私の煩悩を超えた、心の奥底にある、命を支える深い願いから現われるものではないかと思うのです。地球上で共に命を頂く生き物同士として、無限の宇宙の力を頂く者として、大自然の恵みに生かされることに感謝の心を抱ける、そのことを、「それに気づく心が美しい」と、慈雲師は指摘しておられるものと受けとめます。 (文責住職)


令和6年3月26日掲示


 お釈迦様のお誕生のお言葉、「天上天下唯我独尊」の意味を、真城師がわかりやすく解き明かされました。
 「我」とは、「あなたであり、私」であり、全ての人の「我」であります。それが、「かけがえのない」存在であり、「そのままで無条件に尊い」ものであることを、このお言葉は表しています。
 思い通りにならないことに出逢うと、人生の喜びが感じられない私の姿があるように思われます。数えきれない多くの御縁の結実により、思いをはるかに超えて命を頂いていることに目を向けたとき、私の存在そのものの尊さに気づかされるのではないかとお釈迦さまは諭して下さっているのであると受けとめます。
 4月8日は、お釈迦様の誕生日です。お釈迦様のお誕生には次のような言い伝えがあります。
 お釈迦さまは、今から約2500年前、ネパールのルンビニーの花園でお生まれになりました。お釈迦さまは、お生まれになるとすぐに七歩歩まれて、右手を天に、左手を地に指して、「天上天下唯我独尊」と叫ばれました。そのとき、天の竜神が驚き敬い、甘い香りのする雨を降らしてお釈迦様の身体を清めて誕生を祝福しました。これにもとづいて、毎年4月8日に、お釈迦様のお誕生像を花で飾った花御堂に安置し、そのお身体に甘茶をかけてお釈迦様の誕生をお祝いします。これを花まつりと言います。
 花まつりは、お釈迦様誕生のお祝いであるだけでなく、全ての人がこの世に尊い存在として誕生させて頂いたお祝いであります。(文責住職)


令和6年3月17日掲示


 本日より、春のお彼岸となりました。「彼岸」とは極楽浄土のことですが、極楽浄土が仏典では西方にあると説かれていることから、太陽が真西に沈む、春分の日、秋分の日、そしてその日を真ん中に含む一週間は、特に極楽浄土に心を向けようということで、平安時代頃から「彼岸」と呼ばれて、大切な仏道修行の期間とされてきました。
 お釈迦様が生まれられた頃のインドでは、ガンジス川などの大河のこちらの岸では、御遺体を流す人、洗濯をする人など、生活の苦労が溢れていたけれども、向こう岸は、大河のため、遠く霞んで美しい世界のように見えたようです。そこで、娑婆世界を、こちらの岸=「此岸」、極楽浄土を、向こう岸=「彼岸」と表されるようになったとのことです。
 「菩提」とは、 仏様の悟りを表す言葉です。現代においても、生活の苦労の現実のなかで、少しでも、心穏やかで豊かにありたいと思うのではないでしょうか。そのための、悟りの智慧と慈悲を得る御縁としたいという心持ちを、芭蕉翁は、「菩提の種を 蒔く日かな」と表現されたと思われます。(文責住職)


令和6年3月3日掲示


 「人事を尽くして 天命を待つ」とは、私の力でできることは精一杯の努力をするが、あとは、私の及ばない天の意志に任せるしかない、という中国の昔の言葉です。これに対し、仏教の立場から思われることは、「人事」と「天命」は別のものであろうか、という疑問です。「天命」を如来の働きととらえるならば、むしろ、「人事を尽くす」なかに、既に「天命」を頂いているのではないだろうか。如来の働きの中に私の生があるのであり、精一杯の努力をできるということが、既に如来より頂く無限の御縁によるものではないだろうか。私に頂く無限の働きを、感謝をもって受け止められたとき、私は真の努力をさせて頂けるのではないだろうか。そしてその努力の結果も、如来の働きとして受け止められる。このことを、「天命に安んじて 人事を尽くす」と、清澤師は表現されている思われます。 (文責住職)


令和6年2月18日掲示


 この言葉は、一生聞法に生きられた安田師が、亡くなられる直前の病床において、そばの御弟子様に、ふとつぶやかれた言葉だそうです。我々は、仏法を、何か特別な知識、考え方であると、とらえてしまうことはないでしょうか。仏法とは、忙しい日常の中で忘れがちな、でも心がとても落ち着く、ふるさとの景色に似たようなものかもしれないと、私には思われるのです。自分を中心にして求めるばかりであった私が、いろんなことでつまづいて、へとへとになったとき、支えてくれている人の存在に気付き、周囲から既に頂いている多くのことに目覚めさせられる。私とはこのような存在であることを、改めて知らせて下さるのが仏法ではないかと思うのです。つらい冬であっても、「春になったら 木が芽吹く」、このことを説いて下さるのが仏法であり、「聞法」とは、ふるさとを思い出すように、それを自ずから尋ねていくことだと、安田師は指摘しておられるものと受けとめます。 (文責住職)


令和6年2月5日掲示


 鈴木章子師は、44才で癌を発症され、47才で亡くなられました。闘病中「癌告知のあとで」というエッセイを著され、その中で多くの詩を遺されました。この詩はその一つです。自分の命に限りがあることを自覚される中で、「なんでもない」日常の尊さに目覚められた心境を著されたものです。  少しでも長生きしたい、これは貪欲の煩悩であり、私の 正直な気持ちですが、もしも命に限りがなければ、一日一日を大事なものと感じられるだろうか、命を大切なものと捉えられるだろうかと思うのです。貪欲の煩悩の挫折を通して、つらいけれど、いまここに私が在ることの尊さ、そして命の本当の姿に、如来から、目覚めさせられるのではないでしょうか。親鸞聖人が、御和讃で、「罪障功徳の体となる(人生におけるつらいことは、私が真実に気づかされるおおもとである)」と詠われたのは、この如来の導きであると受けとめます。 (文責住職)


令和6年1月21日掲示


 人よりも、少しでも優れていると思いたい、思われたい私があるように思います。自分の不十分なことは分かっているので、余計に、そのように思うのではないでしょうか。そして、たまに人から褒められたりすると、本来の私以上の私であると錯覚し、「うぬぼれ」を持ってしまう。でも私の実態は少しも変わらないので、ダメな私が自覚されると、「木からポタンとおちた」ということになる。まさに、優越感と劣等感を行ったり来たりしている私の姿であります。しかし、榎本師のこの言葉から教えられることは、そのようなあやふやな私を、しっかりと見つめることの大事さではないでしょうか。「いつの間にか 木に登っている」は、私の実態であると同時に、師の重要な私への警告と頂くことができるのではないかと思います。 (文責住職)


令和6年1月8日掲示


 「幸せ」とは何だろうか、ということを多田師が問われているように思います。求めていたものが得られ嬉しい気持ちになることを、「幸せ」と感じることもありますが、この「幸せ」は、どうも長続きしないように思われます。本当の「幸せ」とは、たとえ求めるものが得られなくても、感じることができるものであって欲しいのです。そこに、「感謝する」ことの大事な意味があるように思うのです。仏教では、私は、無限の御縁を頂いて今ここに存在している、と説かれます。このことは、静かに考えれば頷けることのように思うのです。既に私に頂いていることが、限りなく存在するのではないでしょうか。そこに気持ちを開いたとき、気付かずにいた、身の回りの、たくさんの「感謝する」ことを発見していけるかもしれません。そして「感謝する」ことは、かけがえのないものを頂く私、その私の尊さを見出すことではないでしょうか。多田師は、それを見出した人が、本当の「幸せなのだ」と指摘されているのでしょう。 (文責住職)


令和6年1月1日掲示


 「罪障」とは、生きていく上で障害となる自然の災害や心の悩み等です。それらは、実は、人生において大事な意味を持つものであるということを「功徳の体」と表現されています。「罪障」と「功徳」は、ちょうど「氷」と「水」のような関係であり、「氷」が多いとそれが溶けて多くの「水」になるように、生きていく上での障害「障り」が多くても、それが転じると、人生における意味「徳」も多くなるのであると、親鸞聖人が説かれているのです。
 昨年、NHKで「龍がとぶ島 奄美」の番組が放送されました。奄美大島は世界でも有数の大型台風に見舞われる島であり、台風が吹き荒れるのを龍が飛びまわり暴れていると淡路島では言い伝えられてきたとのことでした。ところが、淡路島では、龍は、怖い存在であると同時に島の守り神であるとの言い伝えもあるというのです。それはどういうことかというと、台風の大波によって海水がかき混ぜられ、海の環境が豊かになり、魚が活き活きと集まって島に豊漁をもたらす。また、台風の大波を利用して、島から世界的なサーファーが育っている。そして、台風という試練によって、島の人々が力をあわせられる、そしてたくましくなれる。台風は、命の危険がある「罪障」には違いないが、同時にさまざまな恩恵をもたらす「功徳」でもあるということのようなのです。
 様々な「罪障」中を生きている私ですが、そのときには辛い気持ちになっても、後に、このことがあったために今があると思えることもあるのではないでしょうか。本年の干支(えと)の龍を見ながら、あらゆる御縁に生かされる私であることを呼び覚まされて、本年も皆様と共に歩みを進めていければ有難いと存じます。どうぞ本年も宜しくお願い致します。 (文責住職)


 

令和5年12月24日掲示


 仏教によりますと、私という存在は、自然や人の恵みを頂いて生かされていると教えられます。ところが、私は、私の思いで生きていると錯覚する、これを我執と呼び、様々な間違いを引き起こす原因になることがあると仏教では説かれています。特に、たまたま物事が思い通りに進むと、私の思いを更に中心にして、周囲の人の気持ちやルールを軽んじるかもしれない、これが「驕り」であるのでしょう。生かされている存在としての、当然のこととして、それは、その人自身や人間関係を壊していく、それを「人間を滅ぼし」と西原師は表されていると思われます。令和五年に起こった、世間的な地位のとても高い人や組織の数々の不祥事は、この「驕り」と無関係ではないのではないでしょうか。そして、国の指導的立場にある人の「驕り」が、国同士の「争い」、戦争を引き起こしているように思われてなりません。生かされている存在であるということは、「他を滅ぼすことは自らを滅ぼす」ということです。指導者がこのことに心を向け、人が殺されることがないよう、そして「世界を滅ぼす」ことがないよう、心から願いたいことです。 (文責住職)


令和5年12月10日掲示


 本当の「天下泰平」とは、どういうことであるかを、竹部師が表されているように思います。一般に、思いが満たされ、穏やかで快適なことを、「天下泰平」と考えられているのではないでしょうか。この「天下泰平」は、有り難いものには違いありませんが、お天気や状況によって左右される、一時的なものに過ぎないのではないでしょうか。真に安心できる状態とは、雨が降っても、欲しいものが手に入らなくても、そこに私の糧につながるものがあるはずであると常に受け止められることのように思われます。そして、私の都合によってではなく、あらゆる御縁によって生かされる私であることに頷けたとき、「死んでよし」の心境に、少し近づけるのでないでしょうか。 (文責住職)


令和5年11月26日掲示


 仏教においては、私という存在は、気の遠くなるような無限の御縁を頂いて、今の「生」を頂いていると教えられます。このことは、私がこの世に誕生できたことを冷静に見つめれば、頷けることではないかと思うのです。ところが、残念なことに、私は、ともすれば「生」を当然のことと考え、その「偶然性、有難さ、不思議さ」を、本当に感じられているのか疑問です。鈴木師の言葉からまず感じられることは、「死」を意識したとき、「生」のその大事な意味に気付かされる、ということです。そして、43才で癌を発症され、47才で亡くなった鈴木師の、「いのち」の尊さを語り続けられた最後の四年間を思うと、「いのち」そのものの、大事な意味に出逢われていると感じます。「いのち」とは、「生」も「死」もその中に包み、一切の関係性の中に無限に存在するものであり、「死」を見つめられ、「今がとっても尊いもの」と感られたことが、このことの気づきに繋がったのではないかと思われます。 (文責住職)


令和5年11月12日掲示


 命終えた後のことは、今の私の意識では計り知れませんので、死ぬことはとても不安であり、暗闇のような印象を持つのではないでしょうか。ところが、仏教においては、暗闇のようであるのは、むしろ、欲望に振り回され、怒りや愚痴の絶えない、生きている私の方であると教えられるのです。確かに、反省や後悔ばかりの私の歩みを振り返れば、進んだ道が明るかったとは言えません。でもそのような私が、曲がりなりにも、ここまで人生を歩んでくることができている、そこに、数えきれない恵みや導きがあったのではないかと思われるのです。それらを頂く世界を、仏教において浄土と表現されていると私は受けとめています。その浄土に、阿弥陀如来そして亡くなった肉親がみ仏として居て下さり、確かな働きを私に示して下さる。そのことを、私が心に意識できたとき、人生は暗闇から光の浄土に向かって歩む、そして、『み仏に生まれる「いのち」を今生きている』ことを頂くことができるように思われます。 (文責住職)


令和5年10月29日掲示


 悲しみを感じて心が沈み込む状態になったとき、それは本来の私ではなく、病気のような特別な状態であると考え、少しでも早くその状態を乗り越え、本来の私を取り戻したい、と考えることがあるように思われます。これは現実を生きていくためには必要な姿勢であるようにも思われます。しかし、仏教においては、人が悲しんでいる状態は、少しも特別な状態でなく、むしろ、思い通りになっているときにはわからない、生きていることの真実に気付かされるときではないかととらえるのです。例えば、大事な肉親を失い深い悲しみの中にあるとき、その悲しみを通して、いかに故人が大事な存在であったか、いかに大きな御恩を頂いてきたか気付かされるかもしれません。また共に限りある命を生きていることに目向けることになり、毎日を大切に過ごそうとする姿勢に繋がるかもしれません。私の身勝手な思いにより生きているのではなく、御縁によって生かされているいのちの本当の姿に出会えるかもしれないことを、「その意味をたずねていくものです」と表現されているのでしょう。 (文責住職)


 

令和5年10月14日掲示


 この言葉は、金子師が創られた「宗祖を憶ふ」の詩の一節です。親鸞聖人が拓かれた念仏の教えにより、自らが生きる力を頂いていることを表現されたものです。我々は、日々多くの悩み、苦しみを経験し、ときには生きていく力を失いそうになることがあるかもしれません。これが「われは迷う」という状態なのでしょう。  親鸞聖人は、35才の時、念仏門への弾圧により、雪深い越後への流刑の罪を受けられました。大変な御苦労があったと思われますが、むしろ、京都では経験できない、農業、漁業に従事するたくましい土地の生活者と苦労を共にし、生活の中に念仏の教えを確かめる、貴重な歩みを実践していかれました。そのことが、浄土真宗の教えが全国の人々の拠り所となる最も大事な要因であったと私は受けとめています。  悩み、苦しみから逃げたいと思うのが私の正直な気持ちですが、悩み、苦しみのなかにこそ、あてにできないものをあてにして生きている私の姿が明らかになるのではないでしょうか。私にとって悪いと思える御縁でも、念仏により都合中心の私を知らされながら、日々の歩みを進めてみれば、私が育てられる貴重な御縁になるのかもしれません。そのことを、親鸞聖人が、その御一生を通して教えて下さっているように感じられます。  14日、15日の報恩講のお勤めを通し、金子師の「そのひとを憶いて われは生き」を味わえればと思います。(文責住職)


令和5年10月1日掲示


 「物をうくる」とは、人から物を頂くことであり、「心」でそれをしっかり受けとめ、相手への感謝を忘れないようにしたいものである、と指摘されていると思われます。ところが、私の「心」を偽りなく見つめますと、ひとつの「心」を持ち続けることは難しく、常に気分やとらわれに左右され、いつのまにか相手への気持ちが薄れるような心配も感じられます。ここに、私が「法をうくる」ことの大切さがあるように思われるのです。仏教における「法」とは、「心」もその中に含まれる私の「身」全体に表されているものであり、私の「身」というものは周囲の一切の御縁に生かされていると説かれるものです。私の「身」のそのことに気づかされたとき、相手を真に大切に思う「心」、相手を忘れない「心」も自ずから生じるものであるのかもしれません。金子師は、私の「身」に表れる「法」を頂くことを、「身をもってする」と表現されていると受けとめます。 (文責住職)


令和5年9月17日掲示


 なんでも思うようにしたいということにとらわれる私の姿があるように思われます。仏教の教えによりますと、私というものは、私を取り巻く全ての御縁に生かされる存在であり、そもそも私の思うようになるものではないと教えられます。その典型的なものは私の命であり、死にたくないと思っても、死ななければならないときが来るようです。どうも私は、たまに物事がうまくいくと、思うようになるものであると勘違いをし、そのことにとらわれてしまうのではないかと思うのです。「思うようにならない」ときこそ、私のあり方が問われるのではないでしょうか。私の身勝手さから周囲の人との関係を損なうことはなかっただろうか。私に注がれる限りない周囲の力に目を向け感謝できていただろうか。反省することばかりの私に気づかされるように思われます。そのことが、「人生にとって もっと大事なこと なんだ」と、松扉師は言われているのでしょう。 (文責住職)


令和5年9月3日掲示


 「幸せ」を追い求めて、追い求めて、私は生きているように思われます。しかし、仏教の教えでは、これは、貪欲という煩悩にとらわれた姿であり、求めても求めても満足できない迷いの状態であると捉えられています。外に目を向けることを少し止めて、私の今を落ち着いて見つめてみると、絶え間なく心臓は動き、胃腸は食べたものを栄養に変えてくれている。さわやかな朝の光を浴びて、鳥の声が聞こえ、木々が風になびいている姿が見える。天地いっぱいの恵みを頂き、私は生かされてる。生きていることの喜び、充実感を感じられるものは、私自身、私の周囲に、限りなく存在しているのではないでしょうか。それに「気づく」ことが、本当の「幸せ」であると、真城師は指摘されているのでしょう。 (文責住職)


令和5年8月20日掲示


 「おかげさま」の「かげ」とは、目立たず隠れているということです。気づかないでいるたくさんのことやものに私の命は支えられている、そのことに感謝を込めて、「お」と「さま」をつけて、「おかげさま」と、祖先が伝えて教えて下さったのだと思われます。既に、数えきれない人や自然の恵みを頂いている、そのことに目を向けたとき、とても賑やかな今に気づかされるのではないでしょうか。更に、そうして頂いている今に感謝の気持を持ちながら、周囲の人やものを大切にしていく姿勢を持てたとき、温かい人間関係や豊かな環境が築かれていくのではないかと思うのです。清水師のこの言葉から、今の救いとこれからの生きる方向性を頂けるように思われます。(文責住職)


 

令和5年8月6日掲示


 花を見て美しいと思う心は、誰でも持っていると思われます。しかしこの竹部師の言葉を頂くと、花の本当の美しさ、尊さに目を向けていただろうか反省させられます。私が自分でつくった「ものさし」により、表面的な派手さ立派さに捉われ、花を順位付けしていることはないだろうか。そのことに気づかされ、もう一度周りを見渡してみると、むしろ「道々に咲いている花」こそ、たくましい生命力を持って、「きよらかな」「新鮮な」美しさを放っているのではないだろうかと思われるのです。そして更に反省させられることは、この「ものさし」でもって、周囲の人や私自身も順位付けし、生きづらくしているのではないだろうか。「道々に咲いている花」に教えられながら、頂いた命を精一杯咲かせて頂く、そのことを心に刻みたいと思います。(文責住職)


令和5年7月23日掲示


 手を合わさせて頂くと、なんとも厳かな気持ちになります。合掌という動作は、私が自分で考えだして行うようになったのではなく、人生のどこかの段階で、周囲の人に教えられて、そしてその動作を行ったとき、周囲の人に褒められて、行えるようになったのではないかと思われます。そこには、本当に大事なことを、世代を超えて伝えていきたいという、人間としての願いが込められているように感じられます。両手は、煩悩による様々な私の行いを象徴するものであるのかもしれません。その手を胸の前で合わせるということは、煩悩の自分自身の姿を胸に留めて、私を超えた無限の存在に心を向ける、そして頂いている限りない力に感謝の気持ちを持つことでないかと思うのです。そのことは、必ず「私が変わる」きっかけになる、さらに私と周囲の人との関係性に影響を与え、「周りが変わる」ことにつながると、藤実師は指摘されているのでしょう。(文責住職)


令和5年7月9日掲示


 ここ数年、感染症の流行により、普通の日常が失われる中、今まで当たり前にしていた多くのことが、いかに有難いことであったか気付かされたように思います。失われたとき始めてそのことの重大さに気付く、これも大事なことのように思いますが、むしろそれを頂いているときに、その大切さ、有難さに気付かされ、そのことを大切にして歩んでいくことも大事なことであるように思うのです。私の生き方を振り返れば、常に私の思いが中心であり、思いが実現したときは有難く、そうでないときは何でも当たり前になっているように思われます。私の思いを差し置き、無限の力により賜ってる「今」の有難さを見出す、ここに、真にたくましい生き方があるのではないでしょうか。その智慧が、念仏申されることにより頂かれるのであると、金子師は指摘しておられるのでしょう。(文責住職)


令和5年6月25日掲示


 蓮如上人は、中世において、比叡山などの封建的仏教勢力から命を狙われる中、念仏による民衆の連帯組織、本願寺教団を打ち立てられました。先日、NHKのブラタモリの「山科」の巻で、交通の大事な要衝であるこの地に、上人によって、わずか6年ほどで築かれた、南北1km、東西800mに及ぶ城郭都市、山科本願寺が紹介されていました。それは、一度の「ちかい」、「たしなみ」を、一期の「ちかい」、「たしなみ」ととらえられた、上人の命を賭した歩みがもたらしたと言えるのではないかと思うのです。平和な現代を生きる私ですが、無常の命を生かされていることは、中世と変わらないように思います。この言葉を頂き、賜った私の今のかけがえのなさ、有り難さに、目を向け、一瞬一瞬を大切にする生き方につなげなくてはと思っております。 (文責住職)


令和5年6月11日掲示


 思いが実現するときは快く、そうでないときは怒りや愚痴になる、そのように、思いから離れられない私の生き方があるように思います。しかし、その普段の思いが根本から覆されるような事態になったとき、例えばさっきまでこちらを向いて話しかけようとしていた肉親が、その息を引き取ったとき、その身体が冷たくなったとき、私の思いが間に合わない、そして思いをはるかに超えた存在に手を合わさずにはいられない、そんな気持ちになるのではないかと思うのです。思いを超えた存在とは、と静かに考えてみると、本当はこの存在にこそ、私が命を頂いている根本がある。私が生み出された命の歴史は、思いでとらえられるものではないのではないでしょうか。「悲しみを通して 無限を知る」とは、悲しみが、思いにとらわれている私を、命の本当の姿に目を向けさせる御縁になるのことを忘れないで欲しいという、師の願い、如来の願いを表されていると、私は受け止めます。
 本日、前坊守の母の六七日をお勤めします。(文責住職)


令和5年5月28日掲示


 大事な肉親の死を前にして、寂しい悲しい気持ちになりますが、同時に、今までの私のあり方がこれでよかったのだろうかと問われるような気持ちになるのではないでしょうか。亡くなった肉親から頂いたたくさんのことが、寂しさを通して心に蘇ってくる。その願いを頂いた者として、それに応えるような生き方をしてきただろうか。故人に対して申し訳のない生き方ではなかっただろうか。頭が下がる気持ちになるように思います。そして大事なことは、この気持ちが、これからの私の生き方に繋がることではないかと思うのです。
 受入れ難い肉親の死により、私の普段の思いが打ち砕かれる、そこから私の生き方に変化が起こる、そのことを、「生き方を問う道」と池田師はいわれているのでしょう。
 本日、前坊守の母の四七日をお勤めします。(文責住職)


令和5年5月15日掲示


 若いとき、健康なとき、物事が順調なとき、それはとても嬉しいことですが、私に頂く日常のことが当り前のようになっていることはないでしょうか。自然や人の多くの恵みを頂いて今の私があるはずであるのに、そのようなときには、さほど感謝の気持ちも起こることなく過ごしているように思うのです。むしろ病気になったとき、重大な事態が起こったとき、当り前にしていたことがいかに大切なことであったか、いかに多くの御縁を頂いていたか、気づかされるように思うのです。しぶとい我執が問われる機縁になるのかもしれません。
 実は、5月2日に、前坊守の私の母が亡くなりました。今中陰を過ごしております。恥ずかしいことですが、母が生きていてくれたときには、色々なことをしてもらっていたにもかかわらず、『ありがとう』と言ったこともほとんどありませんでした。いま、申し訳ない気持ちで一杯であります。私はいま、三明師の言われる『本当に「ありがとうございました」と言える課題』に向き合っているように思います。(文責住職)


 

令和5年4月23日掲示


 自分のことを、それほど優秀であると思わないにしても、少しは他の人よりものがわかっているつもりの私があるように思います。そのことが、知らず知らず、自他の対立を引き起こし、互いに理解しにくい人間関係になる原因のような気がします。しかし、自らの愚かさを自覚することにより、他者の優れた姿勢や意見が素直に受け入れられ、真の協力関係が生み出されるように思われます。このような日常から感じられる意識が、自らを煩悩具足の凡夫として見極められた親鸞聖人の教えに通じるように思われるのです。私が、私がと、我執から離れられない煩悩いっぱいの「愚者」であることの「自覚こそ」、我執を超える一味平等の如来の智慧が頂け、一歩づつ自他溶け合える浄土への道へ導かれる。そのことが、最も人間らしい人間となることができる「基盤である」と、松扉師は表現されているのでしょう。
  そして、この言葉は、経済活動により自然環境を壊し、自らが地球に存在することさえ危うくしている現代の人間に向けられているように思われてなりません。(文責住職)


 

令和5年4月8日掲示


 お釈迦様のお誕生のお言葉、「天上天下唯我独尊」の意味を、真城師がわかりやすく解き明かされました。
 「我」とは、「あなたであり、私」であり、全ての人の「我」であります。それが、「かけがえのない」存在であり、「そのままで無条件に尊い」ものであることを、このお言葉は表しています。
 思い通りにならないことに出逢うと、人生の喜びが感じられない私の姿があるように思われます。数えきれない多くの御縁の結実により、思いをはるかに超えて命を頂いていることに目を向けたとき、私の存在そのものの尊さに気づかされるのではないかとお釈迦さまは諭して下さっているのであると受けとめます。
 4月8日は、お釈迦様の誕生日です。お釈迦様のお誕生には次のような言い伝えがあります。
 お釈迦さまは、今から約2500年前、ネパールのルンビニーの花園でお生まれになりました。お釈迦さまは、お生まれになるとすぐに七歩歩まれて、右手を天に、左手を地に指して、「天上天下唯我独尊」と叫ばれました。そのとき、天の竜神が驚き敬い、甘い香りのする雨を降らしてお釈迦様の身体を清めて誕生を祝福しました。これにもとづいて、毎年4月8日に、お釈迦様のお誕生像を花で飾った花御堂に安置し、そのお身体に甘茶をかけてお釈迦様の誕生をお祝いします。これを花まつりと言います。
 花まつりは、お釈迦様誕生のお祝いであるだけでなく、全ての人がこの世に尊い存在として誕生させて頂いたお祝いであります。(文責住職)


令和5年3月26日掲示


 一昨日(3月24日)、彦根での桜の開花が告げられました。温暖化の影響か、年々開花が早くなるようです。昨年は、冬の寒さの影響で、とても花の数の多い見事な開花でした。以前のコロナ感染のひどいときには、美しく咲いている彦根城に、見る人の全くおられない不思議な光景でしたが、一昨年頃から少しづつ桜見の方も増えてこられたように感じられます。桜の花も、それを取り巻く人間の姿も、1年1年異なることに気付かされます。仏教においては、命あるものは、一瞬一瞬の御縁に出遇うことにより創られていくと教えられます。桜も人も、日々新しく生まれるということではないでしょうか。ひとつの出会いが、私の人生の可能性を開くかもしれない。長倉師は、出遇いのその大切さを、「今この時」しかない、と表現されているのでしょう。 (文責住職)


令和5年3月12日掲示


 いろいろな願いを持つことによって、それが私の努力につながり、しっかりと人生を歩んでいけるという考え方があるようです。確かにそのことは生きる上で大事なことであるように思われます。しかし、いろいろな願いを持つことができたその私という存在が、どのように作り上げられてきたのかということを考えたとき、両親をはじめ、周囲の多くの人たちに、限りなく「願われて 願われて 願われて」、「生まれてきた」「育てられてきた」ということに気づかされるのではないでしょうか。願うことばかりに熱心で、不満と不安の絶えない私に、多くのかけがえのない願いを頂いてきた、「その願いを聞く身になろう」、そして感謝と自信をもって人生を歩もう、と浅田師は呼びかけられているのでしょう。(文責住職)


令和5年2月26日掲示


 避けることのできない私の死を意識したとき、生かされている今のこの時が、いかにかけがえのないものであるか、気づかされることがあるようです。鈴木章子師は、43才で癌を発症され、47才で亡くなられました。限りある命を感じられる中で、一日一日の尊さに目覚められ、亡くなるまでに感性豊かな多くの詩を遺されました。尊い今に気付かされたとき、同じように限りある命をもって、尊いその今を一緒に生きている「行き交う人」に対し、心通じ合う「温かいおもい」を感じられたようです。仏教の教えから示される、この「温かいおもい」の源泉は、私の命を包み込み、過去から未来に流れる全ての命と共に生きている無限の広がりを持った命、無量寿の存在を、むしろ私ひとりの命の限界から感じさせて頂けたことにあるのではないかと思われるのです。そこに、私の生きていることの本当の意味、真の命のかけがえのなさがあるのではないでしょうか。 (文責住職)


令和5年2月12日掲示


 もう少しもう少しと豊かさを求めて、人間は快適な生活を実現してきましたが、そのことが異常気象等の深刻な環境の問題を起こしていると言われています。もしアメリカ人の平均的生活を世界中の人が行ったら、地球が5個必要である、との指摘もあります。このままもう少しもう少しと求めていけば、快適どころか、人間の生存そのものが脅かされることになるのかもしれません。ホセ・ムヒカ師は、約10年前に、ウルグアイ大統領として、国連の会議の場で、経済活動を優先し地球環境を破壊する先進国に対する警鐘として、この言葉を述べられました。何よりも、人間がこの地球で他の生き物と共に生存を許されるためには、人間中心のもう少しもう少しと求める態度を反省する必要があるのかもしれません。
 仏教においては、人間は、「貪欲」の煩悩を持っており、いくら物を得ても満足せず、もう少しもう少しと、果てしなく欲しがる性質を持っていると説かれています。そういう意味では、人間は、ホセ・ムヒカ師の言われる「貧しい」存在であるのかもしれません。しかし、それではいけないと慚愧し、少しでもそうでないあり方を目指そうとするところに、教えを頂く意義があるように思われます。  私の日常の生活を振り返ってみても、自分中心のもう少しもう少しと求める心に振り回されて、つまらぬ買い物をしたり、周囲の人と衝突をしたりしていることに気づかされます。仏教で昔から大切にされている「足るを知る」「共に生きる」は、まさに、現代も含めてどの時代においても、生きていく人間に向けられるべき教えではないでしょうか。 (文責住職)


令和5年1月29日掲示


 飯塚浩医師は、精神科医として、悩みを抱えた患者さんに対し、なるべく薬を使わず、心の持ち方を重視した治療を実践されている方です。  我々は、自分の「合理的な思考や力」に頼り、一生懸命に生きているように思われます。「合理的な思考や力」なくしては生きられないのが現実ですが、仏教では、その限界に気付くこと、そしてその限界から教えられることが大事であると説かれているのです。そもそも、私は御縁を頂いて生かされる身であり、まったくの「無力な自分」である、これが仏教の「無我」の考え方です。実は、私の「合理的な思考や力」も、御縁を頂いて働いているものであると考えるのです。私の「合理的な思考や力」で生きているつもりが、何気ない友人や家族の声かけ、穏やかな自然の営みに、励まされることが多いのではないでしょうか。「無力な自分」を受け入れることが、「私が、私が」と無理をせず、頂いている御縁を信頼し、周囲の人と力を合わせて共に歩むことができる道につながる。それが「本当の安心である」と、飯塚医師は言われているのではないでしょうか。(文責住職)


令和5年1月15日掲示


 京セラ、KDDIを設立し、経済人として活躍された稲盛和夫氏が、昨年亡くなりました。稲盛氏は、経済人でありながら、人間が経済活動を優先し自然環境を破壊していることに警鐘を鳴らされ、知足(足るを知ること)の重要性を発信し続けられました。そのもとにあったのが、幼い頃に出逢われた「なんまん なんまん ありがとう」という、念仏による感謝の心であったと振り返られています。もっと欲しいもっと欲しいという貧欲の心が、社会活動の原動力になると捉えてしまいがちですが、稲盛氏はそうではないと言われます。人も自然の動物も植物も、恵みを与えて、与えられて共に生きている。それらの限りない恩恵を頂いて「自分が 生かされていることに 感謝の心を抱くこと」が、私の命のかけがえのなさ、尊さを受けとめることであり、そのことが、困難に負けず人生の努力を続けられることにつながる。「それが 明るく運命を開く 第一歩となる」と、稲盛氏は説かれているのでしょう。 (文責住職)


令和5年1月1日掲示


 もうちょっと欲しい、もうちょっとこうなりたいと、求めて求めて毎日を生きている私の姿があります。たまに求めるものが得られると、その時の喜びはありますが、思う通りに得られることは少なく、満たされない気持ちを持ちながら、毎日を同じように過ごしてしまっているように思われます。ここに、思いにとらわれている私の姿があるのではないでしょうか。仏教によりますと、私というものは、私の思いをはるかに超えて、無限の因縁と恵みを頂き、存在していると教えられます。考えてみれば、私の身体はいつのまにか頂いたものであり、心臓など、命を支える根本の働きは全て無意識によるものであるようです。求める心をひとまずさておき、頂いて生かされていることに目を向けたとき、食べる物も、自然の環境も、出会う人も、私の身体の状態も、全て毎日違う中で命が支えられていることに気づかされます。如来の働きに導かれ気づかされたそのことを、喜多内師は「いのちまいにち あたらしい」と表しておられるのでしょう。 (文責住職)


令和4年12月18日掲示


 仏教においては、悩みについて、次のようにとらえています。人間は、この世に気が付いたら生まれてきていて、どうにも変えることのできない宿命をいくつも背負い、思い通りにならない毎日を過ごしながら、自分自身の有り方に悩むということは、至極当然のことである。むしろ悩みから、自分中心の思いや行動に捉われている私が知らされ、御縁を頂いて生かされているいのちの本当の姿に目覚めていけるのである。まさに、この歩みを実践されたのが、お釈迦様であり、親鸞聖人であるように思われます。このことを「悩んでいる人は尊い」と林師は指摘されているのでしょう。相変わらず、悩みを苦と受け取る私の姿がありますが、悩むことは恥ずかしいことではなく、真実のものに出逢おうとしている苦しみだよと知らされることで、前向きな気持ちを頂ける。そして、生きていることの意味に少しでも近づけたとき、本当の生きる喜びと明るさを頂ける。このことを、林師は「明るい人はすばらしい」と表現されているのではないでしょうか。 (文責住職)


令和4年12月4日掲示


 思いがかなわないとき、「不幸」と感じられ、悲しい気持ちになります。いかに努力をしたとしても、病気等どうにもならないこともあり、このことをどのように受けとめるかが人生の大きな問題であるように思われます。仏教によりますと、私というものは、私の思いをはるかに超えて、いっさいの御縁により生かされる存在であると教えられます。たまたま思い通りに物事が運ぶときは、私の力で成し遂げたという傲慢な気持ちに陥り、この私の存在の真実に目が向けられないことがあるように思われます。むしろ物事が思う通りにいかない「不幸」のとき、私のあり方が問われるのではないでしょうか。周囲の人に対する感謝の気持ちがあったであろうか、更に、思いを超えて頂いている限りない恵みに心が向けられていただろうか。既に頂いている多くの力に気づかされ、いま在ることの尊さを感じられたとき、もう一度立ち上がっていく勇気を頂ける、そこに本当に価値のある人生の歩みがあると五十嵐師は指摘しておられるのでしょう。(文責住職)


令和4年11月20日掲示


 御恩を頂き亡くなった故人に向かっては、とても自然に手が合わせれるのではないでしょうか。そのとき、故人を偲び感謝しながら、力強い励ましを頂くように思われます。このことが、故人が仏様になって下さったことであると私は受け取っています。この藤実師の言葉を頂き、私も一生を終えた後は手を合わせて頂く存在になるのかもしれないということに心が向いたとき、とても心細い気持ちになりました。私の生き方が周囲の人から偲ばれたとき、どのように受け取ってもらえるだろうか。「拝まれて恥ずかしくない私だろうか」という藤実師の問いかけは、私の胸に突き刺さりました。「凡夫」であることから一歩も出られない私ですが、教えを頂き、むしろ「凡夫」であることをごまかしなく見つめる、そして仏様を念じながら、周囲の人との関係性を大事にして、少しは力になれる自分になる、そういうことの積み重ねしかないのではないだろうかと思っています。(文責住職)


令和4年11月6日掲示


 百歳を過ぎられてもかくしゃくとしておられた御門徒の石本弘様が、過日百二歳で亡くなられました。この言葉は、石本様の生き方を象徴する言葉であると受け取っています。私が好きな食べ物を考えてみますと、脂ののったお刺身やお肉、甘いお菓子等など、成人病の原因になるものが多い気がします。嫌いな食べ物を考えてみますと、生野菜、酢の物等など、健康に良いものが多いようであります。「好きとか嫌いとか考えて」の食べ方は、私にとっては、身体に少しもよくないことに気づかされます。石本様のこの姿勢が、百二歳まで元気でおられた秘訣ではないでしょうか。このことは、我々の生き方においても大事なことではないかと思われるのです。私にとって好都合なことは大好きでありそのままでありたいと思いますが、不都合なことは大嫌いとして遠ざけようとします。しかし、不都合のことの方が、それを乗り越えたとき、私の力になるように思われます。地域のことにおいても、好き嫌いでなく、目の前のことに黙々と取り組まれた石本様が偲ばれます。食べ物に対するこの姿勢、生き方においても大事なこの精神を、石本様から教えられます。 (文責住職)


令和4年10月23日掲示


 我々は、空気の存在を意識することもなく、ましてや空気に感謝することもなく生きているのではないでしょうか。鈴木章子師は、癌の転移により片肺を切除され、呼吸のしにくい状態から、やっと残った肺で空気を吸い込むことができ身体が楽になったとき、空気により生かされていたことを感じられたとのことです。限りない恩恵を頂いていても、いつのまにか当り前にしている私の姿があるように思われます。この言葉に教えられ、私の周囲を見つめてみれば、太陽、食べ物、自然の景色などの自然の恵み、御先祖、家族、親族、知り合いなどの人の恵み、充分に感謝できていない多くの恩恵に、私の命は支えられていることに気づかされます。既に頂いているこれらのことに目が向けられたとき、今を頂いていることの有り難さと尊さに出会えるのではないでしょうか。 (文責住職)


 

令和4年10月9日掲示


 これは歎異抄の親鸞聖人のお言葉です。「一切の有情」とは、いのちを頂いている動物、植物等の全ての生き物ととらえます。仏教によりますと、全ての生き物は互いに関わり合いつながり合って生きているのであり、このことを大きないのちを一緒に生きているととらえて、この大きないのちのことを「無量寿」と名づけます。我々は直接的には実父母から生まれますが、関係性を頂いていることを思えば、全ての生き物が「父母」であり、共に生かされていることを思えば、全ての生き物が「兄弟」であるととらえることができるのではないでしょうか。我欲にとらわれて戦争を引き起こす、人間だけの発展を求め自然を破壊する、共に生かされる存在なのだから、行き詰まるに違いない現代の我々の間違ったあり方を、八百年前に親鸞聖人が指摘されているように感じるのです。10月14日、15日は、法縁寺の報恩講を勤めますが、仏教の教え、親鸞聖人のお言葉、に心向ける大事な御縁となることを願っております。 (文責住職)


令和4年9月24日掲示


 この言葉は、18才で癌で亡くなった坂野春香さんが、闘病の中で家族に向けられたものです。9月13日の中日新聞に掲載されていました。癌による身体のつらさと死と向き合う葛藤の中で、この言葉を残されたということに、私はとても心動かされるものを感じます。我々は、自分の思い通りにいかないときに「不幸」を感じるのではないでしょうか。坂野春香さん自身も、小学校六年生で癌を発症され、自分の夢を打ち砕かれる中で「不幸」を感じられたのかもしれません。しかし、家族から注がれる限りない愛情、治療に当たって下さる方の一杯の努力に心が向けられたとき、頂いている命の尊いことを感じられたのではないかと思うのです。自らに頂いているそのことに気づくことが、実は本当の「幸せ」だよ、迷い深い我々に、力強いメッセージを頂いたと感じています。 (文責住職)


令和4年9月10日掲示


 この言葉は、宗門のある大会で歌唱を依頼された歌手の嘉納昌吉さんが、その大会で掲げられたテーマ「いのちより大切なもの」を御覧になりながら話されたものです。私は、私の「いのち」を最も大切なものとして生きていますが、その大切な私の「いのち」は、私だけで存在できるのものではなく、その輝きは周囲との関わりの中で生まれるように思われます。嘉納昌吉さんは、音楽を共に喜んで下さる人がおられることによって、自らの歌手としての輝きを感じられ、それは「いのちより大切なもの」かもしれないと感じられたのではないでしょうか。  仏教によりますと、本当の「いのち」とは、私をはるかに超えて、周囲のあらゆるものと一緒に存在するものであり、お釈迦さまは、この本当の「いのち」を無量寿と名付けられました。私を超えた無量寿の「いのち」を頂いたとき、私の「いのち」よりも大切なものに気づかされ、私の「いのち」の終わりも、静かに受け取ることができる道につながるように思われます。(文責住職)


令和4年8月28日掲示


 鈴木章子師は、42才で肺ガンを発症され46才で亡くなりました。身体が衰えていく中に、むしろその中に精一杯働くいのちの働きに気づかれ、生かされることのかけがえのなさに出逢われていきました。この言葉は、そのことを表現されていると思われます。  私は、「思慮分別」を懸命に駆使して生きており、それで「どうにもならないことは」、人さまに「おまかせしよう」と考えているように思います。そしてそのことを「おかげさま」ととらえているのではないでしょうか。鈴木師は、「思慮分別」が病気により揺らぐことを経験され、その中でも我が身が現に生かされていることを感じられました。そして、更に「思慮分別」そのものも、頂いた健康な身体によるものと気づかれたのかもしれません。そこに、「みんなみんな おかげさまとの 二人三脚でした」との、本当の「おかげさま」の世界に目覚められた鈴木師の心があるのでしょう。 (文責住職)


令和4年8月14日掲示


 本年の夏はことのほか暑さ厳しく、「暑い、暑い」と言って顔をしかめながら生活している私の姿があります。真夏は暑いのは当たり前であるのに、快適にありたいという私の思いが、暑さを憎み、私の感情を乱してしまう。もちろん暑さによる身体の負担はあるのでしょうが、自らの思いが、それ以上の「苦」を生み出しているように思われるのです。人生における「苦」も、同じようなことがあるのではないでしょうか。「こうありたい」と願い努力することは大事なのでしょうが、つい「こうでないといけない」ととらわれ、「現実と真反対を常に祈っている」ことになっていないだろうかと思うのです。その思いが「現実とのギャップ」を生み出し、私の「苦」となっていると、真城師は指摘されているのでしょう。 (文責住職)


 

令和4年7月31日掲示


 この言葉から、自分の一生において、「集めたもの」も「与えたもの」も乏しいなあと振り返ったりもしていました。しかし、何度かこの言葉を味わううちに、何か温かいものが感じられるようになりました。三浦師の指摘される「集めたもの」とは、欲望や都合にとらわれてきた我執の生き方そのものを言われているのではないだろうか。そして「与えたもの」とは、周囲の人との関係性の中での歩みそのものを言われているのではないだろうか。我執にとらわれながらも、孤独の寂しさを厭い、共にありたいと願い、自分なりに少しの努力はしながら周囲の人との関係を築いてきたようにも思われます。一生を終えて、恥ずかしい我執の私が残るのではなく、わずかであっても、周囲の人に伝わった何かが残るのだと、三浦師は伝えておられるのではないでしょうか。 (文責住職)


 

令和4年7月17日掲示


 幼いころテレビで見た鉄腕アトム、ウルトラマンが悪者を退治する場面はとても気持ちがよく、自分もこうありたいと思った記憶があります。我々は正義感を育みながら成長してきており、正義感は個人や 社会を維持する大切な考え方に違いないと感じられます。一方で、仏教においては、人間は常に私の都合を優先しようとする我執を持ち、このことが様々な問題の原因であると指摘されます。私の考え方や行動を決めるとき、この我執が正義感にとても結びつきやすいのではないでしょうか。正義であるとしながら実は私の都合であることが多いように反省させられます。それが、この掲示板の「私は正しい」の意識ではないでしょうか。私の持っているこの危うさが、身近な争いごとに止まらず、戦争にも結びついていくのだということを、この掲示板は指摘しているのでしょう。 (文責住職)


 

令和4年7月3日掲示


 本年は記録的な早さで梅雨が明け、6月終わりから猛暑となりました。真っ青な夏空を見上げて、何故こんな時期から暑くなるのか恨めしい気持ちが起こり、仕事を後回しにしてしまう私があります。
 暑さについて、お釈迦さまに次のような逸話があります。
 お釈迦さまは、50度近くになるインドの暑さの中でも、いつも涼しい顔をされておられました。ある人が「お釈迦さまは暑さを感じないのですか。」と尋ねたところ、お釈迦さまは「あなたと同じように私も暑いのだよ。」と答えられました。そこで更に「では何故そのように涼しい顔をされているのですか。」と尋ねたところ、お釈迦さまは「二の矢を受けず。」と答えられたとのことです。これは戦いの例えであって、一本目の矢を打ち込まれて驚きあわてることにより、二本目の矢に射られてしまうことがある。つまり、暑さを感じることは一本目の矢を受けることだが、それに感情を乱され平常心を失うことにより、大事なことを損なってしまうことが二の矢を受けることである。暑いという現実は恨んでも仕方がないことであり、現実をそのまま引き受ける気持ちを持てば、その暑さの中でも前向きな気持ちを持つことができるよ。そういうことを教えられたと解釈することができます。
 この暑さに対する教えは、生きていく中での様々な問題にも通じるように思われます。私の都合を中心とした思いを差し置いて、「事実を事実として」引き受けて生きようとするところに、根本の「生きる力」「勇気」が与えられ道は開かれる、このことを「仏教でいわれる智慧」と宮城師は指摘しておられるのでしょう。
 お釈迦様の教え、宮城師の御指摘を肝に銘じ、この夏の暑さに向かいたいと思います。(文責住職)


令和4年6月19日掲示


 少しでも長生きできること、少しでも社会的に成功することに心を奪われる私の姿があります。これをめざし努力を怠らないことも重要なことでしょうが、この生き方だけにとらわれると、病気になったり、仕事にうまくいかないことがあるたびに、不安に襲われるのではないでしょうか。「死ぬ」こと、「失敗する」ことはつらいことですが、それが人生において避けられないのなら、そこに意味があるはずだと思うのです。私が「死ぬ」ことは次の世代の繁栄につながるかもしれない。「失敗する」ことは私の我儘を反省させるかもしれない。私を中心にしている世界から、無量寿の命の世界に出会う大事な機縁として「引き受けなければならない」と、真城師は指摘しておられるのでしょう。(文責住職)


令和4年6月5日掲示


 大谷の選手のこの言葉から、生きていく中での大事な心の持ち方を教えられるのではないでしょうか。私の人生を振り返ってみると、たまに物事がうまくいくと、それまでの行いが良かったからだととらえ、私の振る舞いを振り返ることができません。いい気になって過ごしていることで、仲間への心遣いを忘れ、結局自分が孤立してしまったこともあります。大きな失敗をすると、私の行いを問わずにはいられなくなります。見直してみれば欠点だらけの私であり、仕事への姿勢、人との協力関係等など、多くの改善点が見つかります。つらい悔しい気持ちが、自分を改革しようということにつながったように思います。大谷選手は、今年のシーズンは、いまのところ昨年のような活躍ではないようですが、「次のつながる成長」を期待し、一生懸命応援しようと思います。(文責住職)


令和4年5月22日掲示


 明治、大正、昭和の時代を生きられた暁烏師のこの言葉を、我々は当然のことだと思うことができるでしょうか。現在の便利な日常にあって、「恩をうくる」ことの自覚が希薄になりがちなことに気づかされます。物が豊かでなく、生活が厳しい時代を生きられた世代の方々は、一膳の食事、一粒のお米に、もっともっと有難い気持ちを持たれていたように思います。昔も今も変わらず、人間は、生き物として様々な恵みを頂いているのに、その意識を持ちにくく「恩に報ゆる生活」になれない。ここに現代に生きる我々の深刻な問題があるように思われるのです。我々にとって真に安心の感じられる豊かな自然環境と暖かい人間関係、それらが保たれるために重要なことは、「恩をうくる生活」に感謝した「恩に報ゆる生活」であると、暁烏師が、現代の我々に訴えられているように感じられます。(文責住職)


令和4年5月8日掲示


 私ははじめ、このお言葉の前半「心得たと思うは 心得ぬなり」に注意が向き、あまり深く物事をとらえず、すぐにわかったことにしてしまう、そして人を傷つけたりしてしまう、そういう私の軽薄なあり方を戒められるお言葉としてとらえていました。もちろんそのことも大切な教えでありますが、思いをめぐらすうち、後半「心得ぬと思うは 心得たるなり」に大事な意味があるかもしれないと思うようになりました。仏教では、私の思いに捉われる「我執」が、私の全ての苦しみの原因であると説かれます。親鸞聖人は、自身を「愚禿」、「煩悩熾盛の凡夫」と表明され、思いに固執する私のあり方を悲しむことにより、思いを超えた大きな力に出逢う道を見出されました。「心得ぬと思う」ことが、如来に逢う大事な姿勢であると、蓮如上人は教えておられるのでしょう。(文責住職)


令和4年4月23日掲示


 気に入ったお家があり、美味しいものを食べられ、きれいな服を着られる、こういうことを幸せと感じる私があります。しかし、病気など、人生の順調でないことに出逢うと、この幸せは失われてしまうことになります。こういう幸せは不安と隣り合わせであり、幸せのときにも落ち着けないものがあるように思われるのです。こういう幸せも、生きていくためには必要かもしれませんが、私が求めるものが得られなくても、安心できる私でありたいと思うのです。仏教の教えによりますと、私の命がここにあるということは、既に限りない恵みを頂いているとのことであります。このことは、静かに考えれば誰もがうなづけることではないでしょうか。その「生きていること自体の幸せ」に気づかせて頂くことが、本当の安心につながるのだと、三明師は指摘しておられるのでしょう。(文責住職)


令和4年4月8日掲示


 この言葉は、テレビの毎日放送の朝の番組「THE TIME'」で司会を務める、俳優の香川照之氏の言葉です。60歳で仕事を退職された女性が、新たに学校に通い幼児教育の免許を取得され、幼稚園の先生として就職されたことを番組の中で紹介されたときに言われたものです。私は、はじめこの女性のことを、頑張る人がいるのだなあ、というぐらいの気持ちで視ていましたが、香川師がこの映像の後で、感想をこの言葉にして述べられたとき、はっと気づかされました。人生において、同じ日というものは二度とありません。どんな小さなことでも、その日だけの経験があるはずです。「今日という日を」「新しい一日」として過ごしているだろうか。かけがえのないこの人生の中で、一日一日を「新たな一日」として大切に過ごそうという捉え方の中に、定年を過ぎても、新たな学び、新たな勤めに挑戦しようということが生まれるのではないか。この女性の姿勢、香川師のことば、朝から大切なことを自覚させて頂きました。(文責住職)


令和4年4月3日掲示


 お釈迦様のお誕生のお言葉、「天上天下唯我独尊」の意味を、真城師が、わかりやすく解き明かされました。
 「我」とは、「あなたであり、私」であり、全ての人の「我」であります。それが、「かけがえのない」存在であり、「そのままで無条件に尊い」ものであることを、このお言葉は表しています。
 思い通りにならないことに出逢うと、人生の喜びが感じられない私の姿があるように思われます。数えきれない多くの御縁の結実により、思いをはるかに超えて命を頂いていることに目を向けたとき、私の存在そのものの尊さに気づかされるのではないかとお釈迦さまは諭して下さっているのであると受けとめます。

 4月8日は、お釈迦様の誕生日です。お釈迦様のお誕生には次のような言い伝えがあります。  お釈迦さまは、今から約2500年前、ネパールのルンビニーの花園でお生まれになりました。お釈迦さまは、お生まれになるとすぐに七歩歩まれて、右手を天に、左手を地に指して、「天上天下唯我独尊」と叫ばれました。そのとき、天の竜神が驚き敬い、甘い香りのする雨を降らしてお釈迦様の身体を清めて誕生を祝福しました。これにもとづいて、毎年4月8日に、お釈迦様のお誕生像を花で飾り付けた花御堂に安置し、そのお身体に甘茶をかけてお釈迦様の誕生をお祝いします。これを花まつりと言います。

 花まつりは、お釈迦様誕生のお祝いであるだけでなく、全ての人がこの世に尊い存在として誕生させて頂いたお祝いであります。(文責住職)


令和4年3月20日掲示


 マスコミで報道される人の不祥事について、私に直接関係がないにも関わらず、不思議なほど腹が立ち、強い言葉を投げてしまうことが私にはあります。心理学者の説によりますと、人を厳しく批判、攻撃するときは、その人の問題点と同じものを自分の中に見出し、それを否定し、打ち消そうとしている気持ちが無意識に働いていることがあるとのことです。自身の問題については中々認めたがらず、人の問題点については気が付きやすい私の姿があるのではないでしょうか。このことを考えれば、人の問題点に気づいたとき、むしろそれは「我が身の鏡」ととらえ、自分自身を振り返る機会にすべきであろうと良寛師は指摘しておられるのでしょう。
 親鸞聖人が拓かれた道は、我が身の煩悩をごまかしなく見つめることであり、そのとき、共に離れがたい煩悩持つ身であると、人に対しても共感し連帯していける道が拓けるのであると私は受け取っています。(文責住職)


令和4年3月6日掲示


 出会いは嬉しく、別れは悲しい。出会いは今までの知らなかったことを知り、自分の世界を広げられる豊かな機会であるように思われますが、別れはそのことが断ち切られたような印象を持つことがあるのかもしれません。でも本当はそうではないところに、出会いの本当の意味があるように思われるのです。教えを頂ける大事な人と出会っても、その人と一緒にいられるときは長くないことがほとんどではないでしょうか。むしろ別れた後、その人と一緒にいられるという甘えがなくなった後、その教えを自分の中で深め、真に自分の人生に生かしていく。そこに人と出会うことの真実の意義があるのではないかと思われます。(文責住職)


令和4年2月20日掲示


 我々は、生き物の命をはじめとする自然の恵みを頂き、また御縁のある様々な人の御蔭を頂き、生かされている。あらゆる御縁に育まれて命を頂いている。これは仏教の根本の教えですが、静かに振り返れば、誰もがうなづけることのように思われます。しかし我々はこれに安んじることができず、私にとらわれて、「私だけが」、「私でなくては」の思いから離れることができません。仏教では、ここに我々の不安や迷いの原因があると説かれます。
 ところが、このとらわれは、我々の内面に深く入り込んでおり、これを離れることは至難であるのではないでしょうか。
 しかし、離れることはできなくても、離れられない「浅ましい自分」であることに目覚めていくことはできるかもしれない。自らをごまかさずに振り返るこの歩みが、すぐにとはいかないが、周囲と調和し、頂いている御縁のなかで安んじていける道に通じているに違いない。このことが、日々の生活の中で、念仏を頂いていく道であると私は受けとめています。 (文責住職)


令和4年2月6日掲示


 我々は、周囲の人やものに対して、多くの場合、自分にとっての表面的な有用性、有効性をものさしにして、その価値、役割を判断しているように思われます。その点、赤ん坊は、実に不思議な存在ではないでしょうか。その存在の全てを周囲に委ねているだけであるのに、役に立つ立たないを超越して、いつのまにか周囲の人にそれぞれの存在の意味を持たせてしまう、圧倒的な存在感を放っているように思われます。鈴木師は、ここに、あらゆる存在の真実の意義を感じ取られているのではないでしょうか。病気になっても、老いても、そのまま頂いている命を精一杯生きていき、周囲の人との関係性を築かせて頂く、そのことそのものに価値があるということなのでしょう。私のものさしを中心とする世界では、失敗や間違いを繰り返す私自身が、やがてそのものさしにより存在価値を問われることになるかもしれません。 (文責住職)


令和4年1月23日掲示


 瀬戸内寂聴師は、人生の苦を抱える多くの人達に寄り添い、生きる励ましを送り続けられました。師の言葉によりますと、苦労と煩悩のなか歩んだ自らの人生経験が、人の辛い心を理解することに繋がったとのことであります。人生の順風満帆であることは嬉しいことでありますが、壁にぶつかり苦労を経験して始めて気がつくことがたくさんあるのではないでしょうか。苦を抱えて生きる周囲の多くの人を理解し、共に生きる道を見出すことができるかもしれません。親鸞聖人は、越後への流罪を経験される中で、当時の社会の最も生活の苦労を抱える人々と、念仏による連帯を築いていかれました。苦にぶつかると、つらい気持ちにばかりとらわれてしまう私でありますが、「育っていくのです」の師の言葉を思いだし、自身の成長の機縁であると思い直して頑張っていければと思います。 (文責住職)


令和4年1月8日掲示


 寒さ厳しい冬、おでんや鍋の暖かさがとても有り難く感じられます。そのとき、冬が旬の大根は、自身目立つような味を持つわけではありませんが、他の具材を引き立たせて全体の味を整える、昔から欠くことのできない存在にであるように思われます。榎本師は、この大根の姿に、人としてのあるべき姿を見られたのではないでしょうか。「私が」「私でなくては」「私こそ」と、常に「私」を主張し、目立ちたい、認められたい、私の姿があるように思われます。それが時として、人を傷つけ、全体の調和を乱すことになるのかもしれません。榎本師は、「まだ大根の味はだせない」と言われながらも、「大根はいいな」と言われ、他と真に調和してありたいと願われている、そこに如来に照らされている師の姿があるように思われます。 (文責住職)


令和4年1月1日掲示


 明けましておめでとうございます。新しい年を迎えましたが、二年間我々に「苦」をもたらした感染症が、未だに解消されない状況があるようであります。この法語は、昨年九十九歳で亡くなった瀬戸内寂聴師の言葉です。瀬戸内師は、多くの「苦」を抱えた人々に寄り添い、亡くなる直前までその力になり続けられました。自身の人生での多くの「苦」の経験が確かな人生を拓いたとの自覚が、そのような歩みにつながったようであります。仏教においては、「苦」は、私の都合により作った理想が、現実により厳しく問われることであると教えられます。むしろ、私には受け入れ難い「苦」を通して、私の都合をはるかに超えて、大きな力強い世界に出会わせて頂くのであるのかもしれません。
 新年に当たり、瀬戸内師をはじめ、多くの先輩方から、この「苦」の先に「必ず新たな強い力が与えられる」と、力強い励まし、尊い願いを頂いていることを受け止めたいのであります。 (文責住職)


 

令和3年12月19日掲示


 この文章は、癌により余命数カ月を宣告された鈴木章子師が、青年期の子供たちへ、成長への願いを込めて著されたものです。私を振り返ると、地位、名誉へのとらわれがとても強いように思われます。しかし、それらは、たまたま得られれば人を見下す態度になるかもしれない。得られなければ卑屈な気持ちになるかもしれない。鈴木師は、自身の死を前にして、人として生まれた本当の意義に目覚められ、そのような表面的なあいまいなところに、真に目指すべきものはないと気づかれたのかもしれません。賜った人や自然の恩恵に感謝し「頭が下がる」、そして頂いた命を精一杯燃焼する、それが、「人間の生 深く味わえる」ことであり、真に「立派」なことであると、子どもたちに伝えられているのでしょう。 (文責住職)


令和3年12月5日掲示


 晴れの日ばかりであれば、植物が育たず、私が恵みを頂くことができないことは明らかであるにもかかわらず、雨や雪の日には、残念な気持ちになってしまう私があります。どうも我々は、目先の都合にとらわれ、真に意義のあることに目を向けることが苦手なことがあるのではないでしょうか。生きている中に起こる様々な問題も、つらい、逃げたい気持ちが先に立つようです。昨年から起こっている感染症の問題も、本当に悩み多いことですが、平常なときには見過ごしてきたこと、決まったこととして踏襲してきたことを、その意義を見直す大事な機会かもしれず、その受けとめを大切にすることによって、元通りになったとき、つまり「天気のよい日」になったとき、そのことを真に「よろこべる」のではないかと自らに言い聞かせています。 (文責住職)


令和3年11月21日掲示


 我々は、「幸せ」を感じるときと、あまり「幸せ」でないと感じるときを、行ったり来たりしながら毎日を過ごしているように思われます。一喜一憂が我々の実態であるのかもしれませんが、仏教では、これを「流転」と言い表し、迷いの状態であるとされています。明治から昭和期、両手両足を病気で失われる中、親鸞聖人の教えにより生きられた中村久子師は、詩「あるあるある」の中で、「短いけれど指のない まるいつよい手が 何でもしてくれる  断端に骨のない やわらかい腕もある」と表現され、よろこびを見出される生活を送られました。本当に安心のある「幸せ」とは、限りない恵みにより今のいのちを頂いていることに気づかされたとき、自分自身の中に必ず見出されるものであることを、稲田師は指摘しておられるのでしょう。 (文責住職)


 

令和3年11月7日掲示


 仏教の無常の教えは、平穏な日常に不安を思わせる、とても厳しい教えのように感じられます。しかし、無常ということは、間違いのない事実であり、表面的な平穏が続くと思っている私の意識の方が、真実から目を背けている不十分なものであることを、仏様は指摘して下さっているのでしょう。私が頂いている命は、無数の死によって限りなく世代が交代することにより、よりたくましい命として進化してきたものであり、これからもそうあり続けるものなのだろうと思います。そのことを、お釈迦さまは無量寿の教えとしてあらわされ、私の命は、私の一生で終わることのない、無限の流れの中にあるのだと教えられたと私は了解しています。そのことが、私だけの命へのとらわれを離れ、共に歩む「安心できる」生き方につながるのかもしれない、そしていまの一瞬のかけがえのなさを自覚し、「後悔のない」生き方につながるのかもしれない、と大山師は表現されているのでしょう。(文責住職)


令和3年10月24日掲示


 我々は、ああなりたい、こうありたいと、私の理想の姿を思い描き、それが実現することが「しあわせ」であると思い込み、毎日を歩んでいるように思います。しかし、現実はその理想の通りにはいきません。仏教においては、私の思い描く理想と実際の現実との差が「苦」となる、と教えられます。つまり、自分で自分を苦しめているのが我々の姿であるのかもしれないのです。私の命は、過去からの無限の因縁の気の遠くなるような結実により頂いたものであり、私の思いをはるかに超えた尊いものではないでしょうか。それを、私の勝手な思いで、良し悪しを計っているのかもしれません。賜ったかけがえのない命をそのまま精一杯燃焼する。そこに、理想がかなってもかなわなくても、「私の本当に求めるしあわせへの方向が示されている」。南無阿弥陀仏は、そのことに気付いて欲しいとの如来の呼びかけであると私は頂いています。(文責住職)


令和3年10月10日掲示


 このお言葉は、親鸞聖人が亡くなる直前の遺言とも言えるお言葉です。我々は、「私」に固執する心(我執)により、ついつい周囲の人と衝突を起こしたりする、その結果、寂しい、孤独な自分になり、そのことにまた悩まされることがあるのではないでしょうか。しかし、その悩む心の中に、本当は、仲良くありたい、共にありたいとの切なる願いがあるように思われるのです。この願いを、全ての命を育んでくださる本当の願い(阿弥陀仏の本願)として頂き、周囲の人を、ひとつにありたいという本願に抱かれる者同士としてとらえ、煩悩をこえて人と人の真の連帯の道を見出していかれたのが親鸞聖人であると私は受けとめています。自身の命の亡くなった後も、本願に抱かれる喜びを共に感じ合いたいという聖人のお心が感じられるのではないでしょうか。(文責住職)


令和3年9月26日掲示


 「生」を謳歌し、「幸い」の中にありたい、私の切なる願いではないでしょうか。しかし涅槃経にも説かれているように、この願いが叶わないのが人生である、と仏教では教えられます。しかし、仏教においては、このことにより、決して人生の暗闇を説いているのではなく、むしろ、「死」を通して、「災い」を通して、「生」の真の意義、「幸い」の本当の姿が知らされることを説こうとしているのであると私は受けとめています。「死」により、私の「生」が限りない生死の繰り返しの中に頂いたものであること、つまり無量寿の中にあることを気付かせて頂けるのかもしれません。「災い」は、欲望を満たすことばかりに捉われている私にとって、本当の「幸い」とは何かを考える機会になるのかもしれません。(文責住職)


令和3年9月12日掲示


 いつまでも生きていたい、これは誰もが思うことのように思われます。しかし、もし「人生に限り」が無ければ、永遠に続く「一日一日」を、いったいどのように生きていけばよいのでしょうか。少年、青年、壮年、老年、それぞれの時代をかけがえのないときと捉え、何をなすべきか考えて生きていくところに、人生の充実があるのではないでしょうか。更に、全ての人がいつまでも生きていれば、あっという間に地球上に人があふれ、食料も仕事も無くなります。「人生に限りがある」ということは、煩悩熾盛の身としては大変つらいことですが、それはむしろ、「人生」が活き活きとしたものとして保障されるための、絶対の条件であると受けとめなければならないのでしょう。(文責住職)


令和3年8月29日掲示


 先日行われた東京オリンピックの競泳二種目で金メダルを獲得された彦根市出身の大橋選手が、 NHKの番組で、感染症によるオリンピック延期等の様々な混乱の中、心の葛藤に向き合いながら、この言葉に表される思いを宗に、競技に取り組んだことを話されていました。2020年実施予定であったオリンピックに向け万全の準備した選手にとって、延期はとても苦しいことであったはずです。我々は、私の心の思い描いた理想と実際の現実との差に常に苦しめられるようであります。仏教においては、私の心を中心にするのではなく、私が生かされている現実の方に基づき歩むことの大切さを教えられます。厳しい現実に立つ勇気を持てたとき、それはむしろ私を成長させる大事な御縁となるのかもしれません。現在行われているパラリンピックでの選手の活躍は、更に強くそのことを感じさせて下さるのではないでしょうか。(文責住職)


令和3年8月15日掲示


 この言葉は、41才で癌でなくなった平野恵子師が、亡くなる少し前に、3人のわが子にあてられた手紙の一節です。平野師は、子どもたちを残して生を終えなければならない深い「悲しみ 苦しみ」に出会われました。しかし、その絶望の中においても湧き上がる子どもたちへの愛情とそれに勇気づけられる自分に気付かれ、思いを越えた大きな願いに抱かれる世界に目覚められました。そして、これから訪れるであろう母の死は、子どもたちにとって、「悲しみ 苦しみ」に違いないが、思いの届かないこの体験を通して、私や私の思いが中心でない大きな世界に気付かされるときがくるであろうと考えられました。そして、そのことが子どもたちへの母からの最後の贈り物であると伝えられたのです。様々な困難に出会い、「悲しみ 苦しみ」に苛まれる私ですが、そのとき始めて気付かされる私のわがままやおごりがあるのではないでしょうか。大事な周囲への感謝や真の連帯の心がここから生まれ、大きな世界に生きる歩みが始まるのかもしれません。 (文責住職)


令和3年8月1日掲示


 秦師のこの言葉は、誰もが思い当たるのではないでしょうか。私の行いについては、多少間違っていても、生きていくためには仕方がないと思い、他の人の行いは、少しの間違いも追及しようとする私の姿があるように思います。誰もがこのような姿勢を貫けば、わがままとわがままが衝突し、争いごとが起こることは必然と言わなければならないでしょう。仏教においては、我執といわれるこの心が、あらゆる迷いの原因であると指摘されます。しかし、我執を離れては生きられないのが人間ではないでしょうか。親鸞聖人が開かれた道は、まずこのような私の姿をごまかさずに見つめること、そして他の人も同じ我執の中にあることを思い計ること、そして共に凡夫であることを悲しむことにより、自らの心の姿勢が柔らかなものになっていく、そこに自他の連帯の道が生まれることであると私は理解しています。 (文責住職)


令和3年7月18日掲示


 賢くありたい、強くありたいと、誰しもが思いますが、中々そのようにはいきません。たまに物事が私の思う通りに進み、自分が賢い、強いと感じることがあると、たちまちに自信過剰となり、周囲の人に対して、傲慢になり、無神経になるように思います。そのことが、私が、本来的に、愚かであり弱いことの証拠であるともいえるのでしょう。親鸞聖人は、自身の愚かさ、弱さをごまかさずに自覚することが、多くの人との連帯を築き、むしろ困難を乗り越える力になることを、自身の人生で示されたのではないでしょうか。人生の問題に取り組むとき、やはり色々な力が必要かもしれませんが、宮城師は、それは、私の愚かさ、弱さを充分に自覚したものでないといけない、と指摘されているのでしょう。 (文責住職)


令和3年7月4日掲示


 人間が作り上げた科学文明を見ると、「人間は偉いもの」と感じることがあるのかもしれません。しかし、核兵器、気候変動など、その科学文明によって人間自身の生存が脅かされる事実に接すると、「偉い」は幻想に過ぎないとも思えます。けれども、人間には、感謝することができる、自身を恥じることができる、このような大事な能力があるのではないでしょうか。それは自らに頂く、一切の御縁を感じる力であり、如来の願いを受けとめる力ではないでしょうか。しかしそれらは、自ら生み出したものでなく、賜ったものであるととらえることが大切であると感じられるのです。そのことから、安田師は、人間は、他に対して誇るような「偉いもの」ではなく、如来に抱かれる「尊いもの」であると、表現されておられるのでしょう。 (文責住職)


令和3年6月20日掲示


 父の日の一週間前の6月13日、前住職である私の父の23回忌をお勤めしました。厳しい父親でしたので、生前は、父の思いに親しく触れることができず、「父と暮らして父に会えず」でした。しかし今その遺影を前にすると、父の思い、願いが痛いほど感じられます。誠に申し訳ないことながら、「父と別れて父に会う」の言葉が心に沁み込みます。生きて出会わせて頂くことがもちろん有難いことですが、亡くなった後、故人の本当のお心に気付き、生きて居って下さる以上の力を頂くこともあるように思われるのです。ここに、ひとりひとりの死で終わることのない、共に生きる無限の大きな命、無量寿の働きを感じることができるのではないでしょうか。父の日に、まず父に感謝しながら、そのことを通して感じられる如来の願いに静かに心向けたいことであります。 (文責住職)


令和3年6月6日掲示


 平野惠子師は、3人のお子さんの母親でしたが、39歳で癌を発病されました。癌による自らの余命を知らされる中にあって、子どもたちへの深い愛情に気付かれ、自分の死が子どもたちへの最後の贈り物であること、悲しみはやがて人生の深い喜びに変わることがあることを伝えられ、死の瞬間まで「お母さん」でいることに努められながら、41歳で亡くなられました。そのような体験から、この言葉を残されたのです。人生の中で、このことがなかったならなあ、と思うような出来事や失敗がたくさんあるように気がしますが、平野師のこの言葉を頂くと、それらを糧にする自らの生き方、考え方の大事さに気付かされます。感染症による社会の苦労が一日も早く終息することを願いながら、このような中でこそ気付かされることもあり、それは忘れないでおきたいと思います。 (文責住職)


令和3年5月23日掲示


 不祥事がテレビ等で取り上げられるとき、不思議なほど、自分の中に怒りの感情が起こることがあるような気がするのです。「私は正しい」と信じ、人を責めるとき、とても残酷な態度になることもあるのではないでしょうか。蓮如上人の指摘の通り、「人のわろき事は、能く能くみゆる」私の姿があるように思います。仏教においては、「私は正しい」というとらわれは、「我執」と呼ばれ、煩悩(悩み、苦しみ)の原因であると教えられます。よくよく考えてみると、その不祥事を起こす要因はお金や名誉に関わる欲望であることが多く、それはそっくりそのまま私の中にもあるのではないでしょうか。「わがみのわろき事」、罪悪の凡夫であることの自覚こそ、親鸞聖人、蓮如上人が、如来の本願に目覚められ、同時に多くの同朋との連帯を生み出すことができた根本であるのでしょう。 (文責住職)


令和3年5月9日掲示


 四月は、満開の桜で彦根城は彩られましたが、その花が散って約一カ月たち、桜は、かえって生命力溢れる新緑の葉を輝かせています。このことは、私の一生の姿を表しているように思われるのです。「私の命」を一生懸命に生きておりながら最後には死を迎える、そこに耐えられない寂しさを感じる私の姿があります。しかし、桜の花が幹からの栄養で咲くように、「私の命」も無限の命の営みにより頂いているものではないでしょうか。その無限の命の営みは、私が役割を終えて死を迎えることにより、次の世代の繁栄として、更に豊かなものになるのかもしれません。本当は、私の生死は、無限の命の営みである無量寿の中にあることを、桜から教わることができるのではないでしょうか。 (文責住職)


 

令和3年4月25日掲示


 清澤師のこの言葉を聞かせて頂くと、フランスの童話「青い鳥」を思い出します。それは、幼い兄妹が、「幸せ」に導かれるという青い鳥を探してさ迷い歩くが、家に帰ってみたら、青い鳥は家の中にちゃんと居た、というお話です。我々は、「理想」というものを、外へ外へ、遠くへ遠くへと臨み、そして中々求められず、苦しんでいることはないでしょうか。仏教によりますと、私の見方、考え方は、我執を離れることはできず、「幸せ」、「理想」と言っても、私の勝手な思いによって捉えているに過ぎないと教えられます。清澤師は、既に私に賜っている限りない御縁や恩恵にまず目が向けられることにより、真実の「幸せ」、「理想」は、この私に今できることとして開かれていくことを指摘されているのでしょう。 (文責住職)


令和3年4月11日掲示


 彦根城の桜は、本年も「見事に咲いて」、本当に美しい姿を見せてくれました。しかし時期が過ぎると「静かに散りて」、今は葉桜となっています。花の美しさに見とれ、心浮き浮きしていたのも束の間、散った花びらの舞う姿に寂しさが感じられます。武内師のこの言葉を頂くと、自身や周囲の状況に、一喜一憂している私の姿が知らされるのではないでしょうか。少しばかりの成果を自慢し、小さな不運や失敗に愚痴をこぼしてしまう私の姿が思われます。「誇りもせず」「つぶやきもせず」、頂いた命を完全燃焼させる、このことの大切さを、桜が教えてくれているのかもしれません。お釈迦さまが示された「天上天下唯我独尊」は、この尊い命の歩みを表されているに違いありません。 (文責住職)


令和3年4月8日掲示


 4月8日は、お釈迦様の誕生日です。お釈迦様のお誕生には次のような言い伝えがあります。  お釈迦さまは、今から約2500年前、ネパールのルンビニーの花園でお生まれになった。お釈迦さまは、お生まれになるとすぐに七歩歩まれて、右手を天に左手を地に指して、天上天下唯我独尊と叫ばれた。そのとき、天の竜神が驚き敬い、甘い香りのする雨を降らしてお釈迦様の身体を清めて誕生を祝福した。  これにもとづき、毎年4月8日に、お釈迦様のお誕生像を、花で飾り付けた花御堂に安置し、そのお身体に甘茶をかけてお釈迦様の誕生をお祝いします。これを花まつりと言います。 天上天下唯我独尊のお言葉にある「我」とは、全ての人の「我」であります。この大宇宙(天上天下)において、この私がただ独りあったとしても尊い(唯我独尊)、という意味ととらえます。すなわち、花まつりは、お釈迦様誕生のお祝いであるだけでなく、全ての人がこの世に尊い存在として誕生させて頂いたお祝いでもあります。(文責住職)


令和3年3月28日掲示


 例年よりも10日以上早く、美しい桜の季節となりました。彦根城では、感染症流行が少しだけ治まったため、控えめながら桜見のイベントが行われるようですが、昨年は、桜満開の中も観光の方がほとんどおられない状態でした。しかし、人に見られていても見られていなくても、桜は美しい花を精いっぱい咲かせます。武者小路実篤師は、この桜のように、人の評価にとらわれることなく、頂いた命をひたすら輝かせることを願われて、この詩を詠われたとのことであります。どうも我々は、様々なとらわれにより、本来の歩みを自ら妨げてしまうことがあるのかもしれません。感染症の流行により、思い通りにならないことばかりですが、尊い命を頂いていることに目を向け、今できることに精いっぱい取り組ませて頂くことが、桜から教わる「我は咲くなり」の心ではないでしょうか。(文責住職)


 

令和3年3月16日掲示


 目標を持ちそれに向かって努力することは、大切な人生の歩みであることは間違いないと思われます。しかしそこにおいて、最も重要なことは、目標が達成されることではなく、その歩みそのものあるのではないでしょうか。努力の歩みは様々な自身の能力を高めることになるのでしょうが、その中では多くの挫折があり私の身勝手な思いは行き詰まります。しかしそのとき、自己中心の姿勢が転換され、協調と感謝の心が育てられる、そしてそれが思いを超えた大きな世界に出逢わせて頂くことにつながるように思うのです。親鸞聖人が開かれた現生における往生の道は、在家として、それぞれの目標を持ち人生を歩む中で、自身の思いやその中の煩悩に向き合い、「思いどおりになる」のではなく、私の思いよりもはるかに深いのちの事実に気づかせて頂く歩みであると私は受け止めております。(文責住職)


 

令和3年3月2日掲示


 健康なとき、若いとき、力はみなぎっていますが、そのようなときには、我々は、その自分自身の力に目を奪われ、頂いているものに目を向けられないことはないでしょうか。人生においても、順調なときは、嬉しい思いで満たされますが、いい気になって、影になりお世話になっている人への感謝を忘れることがあるかもしれないと思うのです。私のいのちは、過去、現在の無限の御縁と恵みを頂き、今ここに在らしめられている。お釈迦さまは、このいのちの事実を、「無量寿」と表されました。榎本師は、老いて身体が弱ることを通して、普段頼りにしている自らの力ではなく、「尽きせぬいのちが湧いている」ことにお気付きになり、賜る無限の力を「拝める」心に導かれたのではないでしょうか。(文責住職)


令和3年2月19日掲示


 我々は、それぞれ私の作り上げた尺度を持ち、善悪や価値の判断をしながら生きている。しかしそれは私の一方的な尺度であることも多く、それによる判断はときとして人を傷つけることがあるのではないでしょうか。某会長の発言で問題となっている性差別の問題も、その一つであるように思われるのです。むしろ指導的な立場にある人ほど、この思いこみは強いのかもしれません。このことは、我々の最も深刻な問題である「生死」の問題についても言えるのではないでしょうか。一生懸命人生を歩み、生きることについては、価値観に少しは自信を持っているつもりになり、命についてわかったことにしている。ところが、人生で避けることができない死の問題については、なるべく考えないようにしている。明治の思想家、清澤満之師は、命を、「生死」ではなく「死生」ととらえられ、死に立って生をいただいたとき、思いを超えた命の不思議、かけがえのなさに出会えることを指摘されました。ものごとをわかったことにせず、常に私の尺度、価値観を問い続ける、そこに、真に、周囲の人と打ち解ける、命の尊さに気づかされる生き方があることを、宮城師は指摘しておられるのでしょう。(文責住職)


 

令和3年2月5日掲示


 仏教によりますと、私は、私以外の一切の御縁によってあらしめられるものであると教えられます。それは網の目に譬えられます。網の目の一つが私であり、私の網の目は、周囲の網の目があることによって存在できる。周囲の網の目がなく、私の網の目だけで網を主張すれば、笑い話になるはずであります。ところが、このことを笑えない私の姿があるのではないでしょうか。私の思いや都合が一番先になってしまう。人類全体の問題となっている地球温暖化も、人間のこの笑えないあり方に原因があるのかもしれません。考えてみれば、食事で頂く「一椀」には、人や自然の限りない御縁が結集しているのであり、その「無数の手」が「見ゆるがごとし」の心を大切にすることが、真に確実な歩みにつながるのではないでしょうか。(文責住職)


令和3年1月22日掲示


 相田みつを師のこの明快な指摘は、誰もが人生において感じることであるかもしれません。しかし「苦しみ」や「悲しみ」のただ中に居るときは、それらを恨んだり逃げようとしたりして、そのつらさをもっと大きいものにするのではないでしょうか。仏教においては、そもそも人生は思い通りにならないものであると教えられます。つらいけれども「苦しみ」や「悲しみ」は背負うしかない。その力になって下さるのが、親鸞聖人の開かれた念仏であるのです。念仏は、思いを超えた大きな世界に私を導き、限りない周囲の力と一緒に歩む道を開かしめる、と私はとらえています。そのとき、「苦しみ」や「悲しみ」は、私の勝手な思いを問い直し、真にたくましい「自分」をつくる「肥料」になるのではないでしょうか。(文責住職)


令和3年1月8日掲示


 私を抱いて下さる偉大な大自然の力を前にして、自然に手が合わされる、しかも、日の入りと月の出が同時に現れて私を包んで下さる姿に、「もったいなし」と頭が下げられる。この最も基本的な宗教感情を、感動を込めて、詩人、山村暮鳥師が詩に表されました。現代の我々は、日や月の科学はよく知っていますが、この詩を読み、多くの人が、作者の尊い心に、感動と共感を感じるのではないでしょうか。我々は、理屈と思いを中心に現代を生きながら、同時にその挫折に傷つきながら生きています。その中にあり、真に無限なるものを求める気持ちは、明治、大正を生きられた作者と何ら変わりはないのではないでしょうか。むしろ現代の問題に苦しむ我々こそ、私の命を抱いて下さる無限の力に合掌する気持ちが大切なのではないでしょうか。(文責住職)


令和3年1月1日掲示


 感染症流行により、思い通りにならないことばかりの令和2年でした。令和3年の元旦に当たり、少し心をとどめて、私の命が、いかに尊い働きにより頂いているかという事実に心を向けることもあってもよいのではないでしょうか。「天と地」そして「人」の無限の恩恵を頂き、「今日の一日の命」を恵まれている、それは気の遠くなるような偶然の積み重ねによるものであるかもしれない。私の思いをはるかに超えたこのことに気づかされ、命のかけがえのなさを思うとき、できないことを悔やむのではなく、いまできることに精一杯取り組んでみようという勇気を頂けるような気がします。歌人、佐々木信綱師は、明治、大正、昭和という、激動の時代を生き抜かれ、思いの破られる多くの経験を通して、いまここに在ることが「ありがたし」の心境に至られたのかもしれません。(文責住職)


令和2年12月23日掲示

 厳しいお言葉ですが、心静かに受け止めますと、その通りであるとうなづけるのではないでしょうか。私の身体は数えきれない細胞でできており、血液の細胞は、外部から侵入する病原体と絶えず戦い、胃や腸の細胞は、食べ物を分解した養分を休みなく吸収してくれる。気の遠くなるような働きを、私が寝ていても実践し、命を維持してくれています。この身体は私が作ったわけではなく、気が付いたら頂いていた。しかもこの身体を維持するには、他の生き物の命を奪わなくてはならない。私の「五尺の肉体」は、生死を繰り返す無限の命の営みの中で賜ったのであり、やがてこの無限の営みにお返しすることが当然であるのかもしれません。 この事実に反し、「わがもの」と執着する私は、「死を恐れ」ながらも、無量寿に心を向けるお念仏を称えさせて頂けるのではないでしょうか。(文責住職)


令和2年12月9日掲示


 死は考えるだけで恐ろしいため、なるべく考えないようにしている。歳若い間は、まだまだ死は先の話と考え、歳をとってからも、取りあえず今日があれば明日もあるだろうと考えて、生きることだけに目を向けている。これが私の生の現実ではないでしょうか。しかし、この生き方は、真実から目をそらせているだけであり、ひとたび、死を意識せざるをえない状態になったとき、すぐに行き詰まることになるのでしょう。もし人の死がなかったら、あっという間に地球は人であふれ立ちゆかなくなる。また私の生は、他の生き物を食べ物とし、その死で成り立っている。生死の無限の営み(このことを無量寿と言います。)の中で、私が生まれ、私の死も次の生の糧となる、このことに気づかせて頂いたとき、煩悩の身としては誠につらいけれども、私の死も受け入れられる心のゆとりが頂けるのかもしれません。そして、いま頂いている命のかけがえのなさ、尊さを感じ、一日一瞬を大切にする生き方に繋がる、このことを、津垣師は「ありのままの現実を受け入れるところから生き始めよ」と言われているのではないで しょうか。(文責住職)


令和2年11月25日掲示


晩秋は、美しく色づいた山々の景色が見られる季節ですが、日に日に冬の気配が感じられ、もの悲しさを感じる頃でもあります。それは、我々の人生の終盤を連想させるのかもしれません。嬉しいことも悲しいこともあるのが人生ですが、それは死の直前においても同様であると思われます。良寛師は、そのことを、「裏を見せ、表を見せて散る」もみじの姿に重ねておられるのでしょう。葉は散っても、もみじの木は厳しい冬を生き抜き、落ち葉は森の大事な栄養となります。我々は、死に臨んでは、さぞかし心乱れ、「裏を見せ」ることでしょうが、このもみじの姿から、死は、消えるのではなく、無量寿に還るのであることを、良寛師は伝えようとされているのではないでしょうか。(文責住職)


 

令和2年11月11日掲示


 秦師が、仏教の教えの本質である三法印、「諸行無常」、「諸法無我」、「涅槃寂静」を、分かり易く解き明かされました。人間は、何かをあてにしながら、そして何かしらの望み持ってしか生きざるをえない存在なのかもしれません。しかし仏さまは、望みのままにしよう、あてにしよう、という思いそのものが、生きていることの真実、「諸行無常」、「諸法無我」に反することであると教えられるのです。私の命は、私の思いをはるかに超えた無限の恵みを頂いて私に賜っているものであり、その命の本当の尊さは、むしろ私の思いの挫折を通して気づかされることがあるのかもしれません。そのとき、思い通りにならなくても、そのままで安心して生きていける道が開かれる、秦師は、これが「涅槃寂静」につながる道であると示されているのでしょう。(文責住職)


令和2年10月28日掲示


 我々は何か一つのことを得ても、もう少し、もうちょっと欲しくなる。お釈迦様は、それは、手にした食べ物がその瞬間に燃えてしまって、どれだけ食べ物を得ても満腹が得られない状態であると譬えられ、この欲望に際限のない状態を餓鬼と名付けられました。貧欲の煩悩を持った人間の姿でありますが、このままでは人生の本当の喜びを感じることは難しいのでしょう。親鸞聖人が開かれた感恩の世界は、「不平不満ばかりに」なっている私を悲しむことを通して、命の本当の姿を求めさせられる、そこに限りない因縁の力、恵みの力を頂いて生きる私の命に気づかされるところにあります。「生きていること自体の不思議さ有り難さ」を感じたとき、今の私を喜ぶと同時に、足るを知る本当の満足の世界に出逢わせて頂くのではないでしょうか。(文責住職)


令和2年10月14日掲示


 感染症のことから、本年の報恩講は、吉峯教範師の御法話を自粛せざるを得ないこととなりましたので、師にお願いしてお送り頂いた法縁寺御門徒へのメッセージの中から、この言葉を掲示させて頂きました。私は、親鸞聖人の御一生から頂ける最も大事なことは、越後遠流の命がけのご苦労の中に、念仏の教えの真実なることを、人々ともに生活の中で実証されたことであると受け取っています。我々は、現在の境遇を引き受けられず、ああなったら、こうなったらと心を砕いて過ごしていることがあるかもしれません。できれば苦労は避けたいのですが、後になって振り返れば、あの苦労のお陰で今の自分があると思えることもあるのではないでしょうか。私の思いにとらわれて愚痴が出るときは、念仏を申しながら如来に抱かれる身であることに立ち帰る、そこに「この身このままを大切に喜ぶ」道が開かれるのかもしれません。本年の報恩講は、感染症の様々な苦労の中に、少しでも今歩むことができる道を意識できる、そのような御縁になればと考えています。 (文責住職)


 

令和2年9月30日掲示


 蓮如上人七十八歳のとき、感染症の大流行により多くの人が亡くなり、動揺する御門徒に対して著された「疫癘の御文」の一節であります。蓮如上人は、疫癘による死をあってはならないこととして動揺する人々の姿を見て、仏教の教え「(死は)生まれはじめしよりしてさだまれる定業なり」に立ち返ることの大切さを説かれたのです。我々は、ふだんは、死を意識の外に追いやって、なるべく考えないようにして生きていることはないでしょうか。そうすると、いつのまにか今日あれば明日もあることが当たり前となり、今日できる仕事も明日にしてしまうことになるのかもしれません。死から目をそらさないことは、一日一瞬を生きていることのかけがえのなさ、尊さを自覚す ることにつながる、更には、命の本当の姿、無量寿に心を向ける大事な機縁になるのではないでしょうか。(文責住職)


 

令和2年9月14日掲示


 住むところがあり、食べるものがあり、ひとときの娯楽もある、このような「日常」に、どれだけ感謝を感じているでしょうか。それは「当たり前」であるととらえ、感謝どころかつい不足が出てしまうのが現実ではないでしょうか。仏教の教えによりますと、世の中も人生も無常であります。私に頂いている限りない因縁が絶妙のバランスを保っていることのおかげで、私の今の一瞬がある。そもそも私が生まれてきたことが大変な「奇跡」であることは、科学からも教えられます。今日の一日をかけがえのないものととらえる、そこに人生の充実があるに違いありません。感染症の流行は、当り前にしてきた「日常」の意味を問い直す機会であるのかもしれません。(文責住職)


令和2年9月3日掲示


 我々は、自分の思い通りに物事が進むときは、とても嬉しく、自信に溢れます。確かに、努力をして自分の目標をかなえることは、人生を歩む上で大事なことであり、そのときに達成感や充実感を感じることは、次の努力を行う上で必要なことであるのでしょう。しかし、このときには自分のことが肯定されています。様々な不充分さを許されて生きているはずであるのに、その不充分さに心が向き、「私自身の在り方を問われること」はないのではないでしょうか。感染症の流行により、思い通りにいかないことばかりの毎日ですが、私自身の在り方を問い直し、感謝の気持ちや協力関係を新たにすることにより、私の本当の力を蓄えることができると考えたいものであります。(文責住職)


令和2年8月24日掲示


 毎月24日はお地蔵様の縁日であり、特にお盆に引き続く8月24日は、子どもを守って下さるというお地蔵様のいわれから、地域の子どもたちが集まって、昔から地蔵盆として丁寧な感謝のお勤めをしてきました。ところが本年は、感染症の流行から、今までと同じような地蔵盆を行うことが難しく、子どもたちの声が聞こえることが少ないという、とても残念なことになっているようです。仏さまは、このようなときも私たちを心配してくださることに変わりはありません。都合を優先せざるを得ない私たちの生き方をも必ず摂取し、感染症の流行によって起こるさまざまな出来事の中にも、私のあり方を振り返り、最後は必ず仏様の願いの道に引き戻して下さるという御縁を頂くのに違いありません。(文責住職)


令和2年8月16日掲示


 我々は、不安があるのは私の不充分さの故であり、私が充実すれば不安は解消して人生を歩める、ととらえてはいないでしょうか。確かに、物事が順調に進むと、余り不安を感じることはなく、自信があると感じられるかもしれません。しかしそれは人生の問題に目を向けていないだけかもしれず、ひとたび老病死等の問題にぶつかると、不安どころか絶望の底に沈むこともあるのではないでしょうか。親鸞聖人は御和讃に、「罪障功徳の体となる。障り多きに徳多し」と表されています。不安は、むしろ私を人生の大事な問題に目を向けさせる大切な御縁であるかもしれません。私の命ばかりにとらわれる私を、もっと大きな命に目を向けさせ、不安を抱えながらも、恵みに感謝し、共に協力して生きていく道に出させて頂ける御縁であるのかもしれません。(文責住職)


令和2年7月25日掲示


 この言葉は、我々の幸福、不幸のとらえ方の本質を、見事に言い当てたものであると感じられます。しかし同時に何か大事なことを呼び覚まされている気がするのではないでしょうか。「他と自分を比較」する心から離れられない私でありますが、この心のままに生きていると、私の状態によって、「幸福」と「不幸」は常に入れ替わり、結局不安と隣り合わせの人生になるのでしょう。命の尊さとは、他と比較することによって決まるものではなく、他と入れ替わることのできない個性を放つ、その存在そのものにあるのでしょう。この平野師の言葉を聞き、私は、心の奥底の、命の本当の尊さを求める願いが呼び覚まされるように感じるのです。(文責住職)


令和2年7月11日掲示


 本年大船渡高校からプロ野球に入られた佐々木朗希投手は、陸前高田市の小学校3年生のとき東日本大震災を被災し、父、祖母を亡くし、祖父は行方不明、しかも自宅は全壊するという大変な経験をされました。その中で野球を続けて、日本の高校生として史上最速の速球163キロを記録されました。学校で野球ができるという、普通の高校生として「当たり前」のことが、彼にとってはかけがえのないことであり、一日一瞬の真剣な取り組みが、この成長に繋がったのかもしれません。感染症の影響により、今まで「当たり前」のことができなくなっている日常があります。一日も早く元通りになることを願うばかりですが、「当たり前」にしていたことを、これからはもっと感謝し大切にするべきことを、佐々木投手に教えられるのではないでしょうか。 (文責住職)


令和2年6月26日掲示


 我々は現在の「生」のみを見て「死」を見ない、「生死」全体を忘れて生活していることがあるのではないでしょうか。この生き方は、表面的には安定しているようで、日々の「生」が当たり前のような感覚になったり、今日できることを先送りしてしまったりすることに繋がってしまうのかもしれません。忘れようとしても意識の中に入り込んでくるのが「死」であり、逃げようとすればするほど、底知れない恐怖を感じるのが「死」というものではないでしょうか。武内師の言われる「生死をみつめる」とは、私一人で悩むのではなく、教えを聞かせて頂き、私一人の死で終わることのない命の本当の姿に出会わして頂くこと。それが、「生活はかがやく」と武内師が 表現される生き方であるのでしょう。(文責住職)


 

令和2年6月18日掲示


 この言葉に接すると、私も父親であるために、身の引き締まる思いがします。
 私の父は二十年以上前に亡くなりましが、大変厳しい父でした。父の生前は、緊張から自由に話すこともできず、父の心をなかなか理解することができませんでした。しかしその「行い」は目の当たりにしていたため、同じことはできないながら、私の行動の基盤となり、大事な人生の財産となっていると感じます。いま遺影を前にしていると、父の思い、願いが痛いほど感じられ、申し訳ない気持ちでいっぱいになります。同時に、その「志」を受け止めることの大切さが身に沁みて感じられます。6月21日の父の日は、父への感謝、そして、私の「行い」「志」を振り返る日にしたいと思います。(文責住職)


 

令和2年6月4日掲示


 なかなか無くならない悩みがあるとき、私も同じように悩んでいるよ、と一緒に悩んでくれる人が現れれば、本当に有り難い気持ちになります。安田師は、我々のこのようなとらえ方をもう一歩進めて、悩みを通して、人と人の関係を深めること、共に教えに向かうことの大事さを指摘しておられると思われます。親鸞聖人は、「障り多きに徳多し」と御和讃に表されました。悩みにぶつかったとき、私の生き方を問い直す、共に生かされている事実に目が開かれる、周囲の人と力が合わせられる、そこに悩みが有るままに生きていける道が見出されるのではないでしょうか。感染症による苦悩の日々がまだまだ続くようでありますが、「共に悩めること」を大切にし、周囲の人と協力して過ごしていきたいと思います。(文責住職)


令和2年5月20日掲示


 過日、大津淨宗寺様の御法事の御法話の際、住職の相愛大学客員教授直林不退師が引用された言葉を掲示させて頂きました。師の御法話によりますと、野村克也氏の少年時代は貧しく、充分な野球道具も買えなかった。氏の母は、そのことを詫びながら、人の悲しみのわかる人間になってな、と教えられた。そして人の悲しみ、人の心をわかろうとしたことが、成長されてからの、選手として、監督としての活躍の本になったとのことです。現代は、欲しいものがほとんど手に入る豊かな時代になり、かえって人と人のつながりが薄れていると言われています。貧しいことを御縁として、人を思いやり、共に生きることの大切さが感じられる。感染症の影響で本当に不自由な毎日ですが、こんなときこそ「人の悲しみのわかる」人間でありたいと思います。(文責住職)


令和2年5月5日掲示


 我々の人生は、順調であるばかりでなく失敗や挫折を経験します。いかに努力しても避けられないこともあるかもしれません。仏教においては、いかなることも、私を離れたところからやって来るのではなく、私を含めた一切の人や物の繋がりの中に生じるととらえます。その意味で、我々の失敗や挫折は、拠り所としている大地につまづいて倒れるのであると武内師は言われるのでしょう。そうであるならば、その失敗や挫折を乗りこえることも、周囲の人や物の結びつきの中にヒントがあるはずであり、そのことを、武内師は、「大地に支えられて起つ」と表現されているのでしょう。この度の感染症の克服も、人と人の支え合いが大きな力になるのではないでしょうか。(文責住職)


令和2年5月1日掲示


 我々が日々生きていけるのは、自然の恵み、人の恩恵のお陰であります。これらものは、あまりにも密接に働いて下さるが故に、私と一体となってしまって見えにくいことがあるようです。空気、胃や腸の消化器官、両親のご恩等々、私の命を育んで下さるかけがえのないものであるのに、大切にし、感謝できていない現実があるのではないでしょうか。最も大事にすべきものを大事にせず、目の前にある欲望の対象にばかり目を向け、それを得ることを無二の大事な行動としている私の姿があるように思われてなりません。やがて挫折するに違いないこの姿勢を、栖雲師は心配されているのです。地球温暖化が引き起こす様々な問題も、この挫折の一つであるのかもしれません。(文責住職)


令和2年4月16日掲示


 毎年春は、桜の花の見事さに心を奪われます。しかしその美しい状態は数日であり、花が落ちた後はもの悲しい気持ちになります。しかし、注意して見れば、地面に落ちたたくさんの花びらは大地の栄養となり、やがて多くの生き物の恵みのもととなるのでしょう。我々は、ひと時の美しさにとらわれて、命の大事な営みを見落とすことがあるのかもしれません。そのことを、武内師は、「散ると見たのは」私の勝手な思いであって、それは「錯覚」であると指摘しておられるのでしょう。我々は、生きていると、大事な人が亡くなることを経験します。それは悲しくつらい出来事ですが、故人の御恩を受け止められた時、何にも替えがたい我々の力になるのではないでしょうか。そのことを桜が教えてくれているのかもしれません。(文責住職)


令和2年4月8日掲示


 彦根城の桜が満開となりました。新型肺炎の流行のため観光客はまばらですが、そのような人間世界のこととは関係なく、例年通り見事な花を咲かせています。明日は散る定めであるのに、見る人があろうとなかろうと、花びらの一枚一枚を力の限り引き延ばして、美しさを表現しています。むしろ明日散る定めであるからこそ、頂いた命を燃焼し、その使命を果たしているのかもしれません。我々は、頂きがたい尊い命を今既に頂いています。無常の人生である以上、明日がある保証はありません。九条師は、花の姿に心を打たれ、今のこの瞬間を精いっぱい生きることを、「見ずや君」と呼び掛けておられるのでしょう。(文責住職)


令和2年4月8日掲示


 4月8日は、お釈迦様の誕生日です。お釈迦様のお誕生には次のような言い伝えがあります。
 お釈迦さまは、今から約2500年前、ネパールのルンビニーの花園でお生まれになった。お釈迦さまは、お生まれになるとすぐに七歩歩まれて、右手を天に左手を地に指して、天上天下唯我独尊と叫ばれた。そのとき、天の竜神が驚き敬い、甘い香りのする雨を降らしてお釈迦様の身体を清めて誕生を祝福した。 
 これにもとづき、毎年4月8日に、お釈迦様のお誕生像を、花で飾り付けた花御堂に安置し、そのお身体に甘茶をかけてお釈迦様の誕生をお祝いします。これを花まつりと言います。 天上天下唯我独尊のお言葉にある「我」とは、全ての人の「我」であります。この大宇宙(天上天下)において、この私がただ独りあったとしても尊い(唯我独尊)、という意味ととらえます。すなわち、花まつりは、お釈迦様誕生のお祝いであるだけでなく、全ての人がこの世に尊い存在として誕生させて頂いたお祝いでもあります。(文責住職)


 

令和2年4月2日掲示


 テレビで大活躍であった志村けんさんが新型肺炎で亡くなられました。新型肺炎の恐ろしさとともに、無常ということを改めて感じさせられました。志村さんの生み出される笑いは、暖かさと安心感のある笑いでした。私はこんなに格好悪いところがあるんだよ、と人を安心させて心を通い合わせる、そこに緊張が打ち解けて笑いが広がるのが志村さんの笑いではなかったでしょうか。人間関係がとかくぎくしゃくしがちな現代にあって、そこに満たされないものを感じた多くの人たちが、人と人の心の通い合いを感じ、志村さんの笑いに魅了されたのかもしれません。志村さんは、人の気持ちを思いやること、人と人が共に生きることの大事さを、笑いを通して発信されていたのに違いありません。合掌(文責住職)


令和2年3月24日掲示


 生きていると大変な苦労に出逢い、「闇」のような気持ちになることがあります。しかし思い通りにならないことを通して、思いを超えた命のあり方に気づかせて頂き、真に謙虚な姿勢で人やものとつながろうとすることができるかもしれない。そしてそれが問題の解決に近づくことになるかもしれない。この心の深まりを、高光師は「夜明け」と指摘されているのでしょう。人間の社会も、戦争、疫病、災害等々、様々な試練「闇」を経験し、そのたびに尊い犠牲を払いながらも、我々の不充分なところを改め、協力関係を強めながら、よりよい社会を築いてきたのかもしれません。新型肺炎の問題も、少しでも早く「夜明け」が訪れて欲しいと切に願うことであります。(文責住職)


 

令和2年3月10日掲示


 様々な周囲の力を頂いて私の歩みがあるはずであるのに、物事が思い通りに進むと、私の力にうぬぼれたり、周囲への感謝を忘れたりすることがあるようであります。榎本師は、このことを、「フワフワと足は大地を離れかけ」と表現されていると思われます。ところが、物事が思い通りに進まない事態に陥ると、私の力の不十分さに気づかされると同時に、あらゆる周囲の力を頂かなければそれを収拾できないことにも心が向けられるのではないでしょうか。むしろ逆境の時、本当の私の姿を見出すことができるのかもしれません。榎本師は、このことを、「しっかりと足は大地についている」と表現されているのでしょう。(文責住職)


 

令和2年2月25日掲示


 仏教では、一切の御縁によってあらしめられている存在が「私」であると教えられます。人生の苦悩は、このことに心を向けず、「私」にとらわれ、「私」を主張しようとするところから生じると教えられます。この意味では、「死にたくないと力む」ことは、「私」へのとらわれに他ならず、「苦しい」のは当然の道理であるのでしょう。御縁によりあらしめられる存在である限り、「死すべき身」であることが道理であります。それに気づけたとき、既に「私」が頂いている御縁を、恵みとして喜べる世界が広がることでありましょう。このことを、田代師は、「安心できる」「与えられた命、あるがまま完全燃焼」と、表現されているのでしょう。(文責住職)


 

令和2年2月9日掲示


 懸命に人生を歩んできたつもりでありますが、あの時ああすれば良かったのにと、後悔することが多くあります。できればもう一度小学校のころからやり直したいと思うこともあるかもしれません。しかし、私の人生におけるそのときそのときの選びは、私の判断によるものであると思いがちですが、仏教によりますと、実は、私が気が付かない無数の因縁の集まり、業縁により厳しく縛られるものであると教えられます。如来の摂取不捨の働きは、業縁に苦しむ者にこそ働き、人生に輝きをもたらします。ここまで懸命に歩んできた私の人生なのだから、失敗も含めた歩みの全てが、私を作り上げた意義のあるものであると「見直すことができる」と金子師は指摘されているのでしょう。(文責住職)


 

令和2年1月21日掲示


 古来より、「失敗は成功のもと」といい、失敗することも成功へと導かれる大事な過程であると教えられます。榎本師は、更に、私が犯しやすい失敗の原因にも留意されているように思われます。物事が成功に導かれるためには、私の努力はもとより、多くの人の協力が必要であり、様々な条件が満たされることが重要であると思われます。しかし、私は、様々な場面で「私」を主張したがり、そのことが、人の協力関係を乱し、成功への条件を危うくしていることがあるのではないでしょうか。失敗することにより、「私」へのしぶとい執着に気づかせて頂き、他と共に在る私の本当の姿に気づかせて頂ける、このことを榎本師は、「世の中少し広くなる」と表されているのでしょう。(文責住職)


 

令和2年1月9日掲示


 賢くなりたい、賢い人と言われたい、このことに強く強くとらわれているのが、私の姿ではないでしょうか。このことは、日常生活だけでなく、仏様の悟りを目指す、仏教の世界でも顔を出すようであります。私の努力により、少しばかり賢くなったと思うことがあったとしても、自らを偽らずに見つめてみれば、わがままを離れることのできない凡夫そのものであることに気づかされます。親鸞聖人は、「いずれの行もおよびがたき身なればとても地獄は一定すみかぞかし」を自らの仏道の基本に据えられました。我々の生き方においても、「賢くなったと思う」ことが失敗につながることも多く、安田師の「迷うていることを悟る」ことの重要さがわかります。(文責住職)


 

令和2年1月1日掲示


 人生における本当の幸せは、思いを実現することではなく、命の本当の尊さに気づかされることではないでしょうか。仏教によりますと、私の命は、無限の過去からの因縁、無限の周囲の事物からの御縁により在らしめられているものであると教えられます。それは、今ここに生きていることは、過去から現在に至る宇宙全体の力が、私に至り届いて働いて下さっているということであります。思いを実現することに一喜一憂する私でありますが、このことに心を向ければ、私の思いに左右されることのない、命の本当の尊さに気づかさせて頂くことができるのではないでしょうか。平澤師は、その幸せについて、「天地の恵(めぐみ)」、「限りなき恩(めぐみ)」と、感謝の表現をされているのでしょう。(文責住職)


 


令和元年12月30日掲示


 除夜の鐘は、通俗的には、煩悩を108つととらえ、ひとつひとつ鐘をつくことにより、その煩悩を打ち砕き、この身を浄化して新年を迎えるという意味があるようであります。しかし、私の真実の姿を省みれば、煩悩を離れること誠に難しく、打ち砕いても打ち砕いても煩悩にとらわれることに気づかされます。親鸞聖人が開かれた道は、煩悩を離れようとするのではなく、煩悩を離れがたいわが身であることを深く自覚し、むしろ煩悩を御縁として如来の本願に会わせて頂く道であります。九条師にとって除夜の鐘は、煩悩が打ち砕かれるのではなく、三百余日煩悩に明け暮れているわが身の真実が、如来の光により明らかにされる証(あかし)であり、それを「さばき」と表現されておられるのでしょう。(文責住職)


 

令和元年12月23日掲示


 仏教の教えから届けられる最も大切な心は、「ともに生きる」ということではないでしょうか。無量寿の命をともに生きている、そのことを最も素直に感じられるのが、身近な人との心の交流なのかもしれません。人生の様々な行き詰まりも、実は、私へのしぶとい執着によるものがほとんどであって、「ともに生きる」ということに立ち返ってみれば、私の都合ばかりを優先していたに愚かさに気づかされることが多いようであります。厳しい寒さの冬も、私だけが寒いのでなく、ともに生きている多くの人が寒いのですから、そのことを共感することにより、人とともに在る力強さが感じられるのかもしれません。そのことを俵師は、「暖かさ」ととらえられているのでしょう。(文責住職)


 

令和元年12月11日掲示


 椿の花の時期には少し早いですが、寺の中庭の椿が早く咲き、花を落としていることから、武内師のこの言葉を掲示させて頂きました。椿は、冬の寒さの中で、鮮やかな花を咲かせます。その花が散るときは、花びらを一枚一枚散らすのではなく、花ごと落ちます。そして冷たい冬の地面は、しばらくは、椿の花で彩られます。大地の恵みを頂いて花を咲かせた椿は、まるで大地に感謝をささげているかのようです。武内師は、椿の花の姿に、人の一生を重ねておられるのではないでしょうか。苦労の多い人生を、限りない恵みを頂いて歩ませて頂く。そして受けとめて頂けるその恵みの世界があるからこそ、人生を終えていける。そのとき、椿のように、感謝を表現できるでしょうか。(文責住職)


 

令和元年11月25日掲示


 私の命は、一切の御縁によってあらしめられる命であって、もとより、私の思いの通りになるものではないと仏教では説いています。このことが、この身、この心で受け止められることを、仏教の「覚り」というのであります。ところが、この道理の通り生きることは誠に困難なことに気づかされます。仏教の道理を聞かせて頂いても、命に執着し、貪りの心、怒りの心が消えることはありません。このような私たちのために、阿弥陀様の浄土が開かれたのであります。浄土は、命終えたとき、参らせて頂くだけでなく、むしろ命に執着する私の人生を照らし、命の本当の姿を知らせて下さるのであります。このことを、親鸞聖人は、「急ぎ参りたき心なき者を、ことに憐れみたもうなり」と言われているのでしょう。(文責住職)


 

令和元年11月12日掲示


 我々は、ああなりたい、こうなりたいと願い、その願いを叶えることが「幸せ」であるととらえているのではないでしょうか。古田師が言われる「幸せだから感謝する」ときの「幸せ」とは、この願いが叶う「幸せ」であるのかもしれません。しかし我々の願いは叶えられないことも多く、この「幸せ」には不安が付きまといます。たとえ願いが叶わなくても、私の命の尊さはいささかも変わることがない、こう思うことができたとき、それが「本当の幸せ」であるのではないでしょうか。命の尊さとは、一切の恵みを頂いて私がここに生かされていることであります。古田師は、その恵みに感謝するときが命の尊さに気づかせて頂くときであり、それが「本当の幸せ」と言われているのでしょう。(文責住職)


 

令和元年10月24日掲示


 凍えるような冬の寒さも、汗にまみれる夏の暑さも、心細い夜の暗闇も、気がめいるばかりの長雨も、全てが意味を持った大自然の営みであり、これらの恵みを頂いて、植物は育ち、花を咲かせると言えるのでしょう。我々は、一時の過ごしやすさ、快適さにとらわれて、本当に必要なことを見落とすことがあるのかもしれません。星野師は、我々が人生を歩み、自己形成していくことも、これと同じことが言えると指摘されているのです。悲しいこと、苦しいことに遇うと、「なぜこんな目に」と愚痴が出る私ですが、それは「私が私になっていく」ために必要なことであるのでしょう。越後流罪という、非道な出来事も、「これなお師教の恩致なり。」と戴かれた親鸞聖人の御心が偲ばれます。(文責住職)


 

令和元年10月14日掲示


 私がお念仏を申されるのは、限りない御縁の力によるものであると言えます。私自身がお念仏を考え出したわけではなく、釈迦様から始まった仏教の教えが私の生きている時代まで届けられたからであり、お念仏により活き活きと人生を歩まれた数え切れない人々のことを聞かせて頂いたからであり、また、祖父母、父母はじめ、身近な人がお念仏を申される姿を目にしたからではないでしょうか。しかしそうであったとしても、最終的に、私の心が申そうと思わなかったらお念仏が申されることはありません。親鸞聖人は、まさに念仏申そうと思い立ったそのときが、私に届けられている念仏を申させて頂くための全ての御縁の整ったときであり、そのとき既に、如来の摂取不捨の利益を頂いているのだと教えられておられるのでしょう。(文責住職)


 

令和元年10月3日掲示


 我々は、ほとんど無意識に雑巾を使っていますが、このように榎本師に指摘されてみると、その働きの尊さに頭が下がります。榎本師は、この雑巾の姿に、摂取不捨の如来の働きを見出しておられるのです。雑巾の働きに気づかされた心で、我々の周囲を見渡してみると、実はこの私の命を支えるために、数限りないものが、その身を犠牲にして、働いて下さっていることに気づかされます。食べ物としている生き物をはじめ、衣類、住居も、それらを損なうことで我々は生きていくことができるといえます。如来の摂取不捨の利益は、実は周囲のあらゆる働きの中にすでに見出されることを、榎本師は指摘しておられるのでしょう。(文責住職)


令和元年9月23日掲示


 我々は、自分の目標を持ち、願いを持ち、日々一生懸命生きています。その思いが叶えば喜びがあり、嬉しいことですが、いかに努力しても叶わないことがたくさんあるのではないでしょうか。如来は、我々の命というものは我々の思いをはるかに超えた無限の命(無量寿、阿弥陀)に抱かれるものであり、我々の人生の本当の喜びは、思いを叶えることではなく、この無限の命に出逢わせて頂くことであると教えられます。お念仏は、この無限の命の名、阿弥陀如来を呼びながら、実は如来から呼ばれるものであります。桐渓氏は、思いに一喜一憂する私が、お念仏により人生の本当の尊さに心を向けさせて頂けることを、「如来と一緒におる」と言われているのでしょう。(文責住職)


 

令和元年9月10日掲示


 人間は、両手を使えるようになったことで、知能が飛躍的に進化し、道具を作り出し、文明を発達させることができたと言われています。しかし同時に、両手は、争いごとや自然をこわすことにも使われ、罪を生み出すもとになる可能性もあるのかもしれません。その両手を合わせ合掌することは、人間の知能が生み出す世界をひとまず差し置いて、私の命が真に抱かれる世界に心を向けようとする姿勢の表明であると言えるのです。坂村師は、両手を合わせるその心をもって、身の周りの人も物も、両手でにぎる、両手で支える、両手で受ける、そこに、人や物を大切に思う気持ち(愛)、人と人の心の通い合い(情)が生まれると言われているのでしょう。(文責住職)


 

元年8月25日掲示


 「暑い暑い」と愚痴ばかり出る本年の夏であります。しかし、申すまでもなく、太陽のお照らしは、我々の命を維持する大切な自然の恵みです。ところが、感謝よりも不満の言葉が先に口から出る我々の不十分さを、九條師は指摘しておられるのであります。このことからもう少し考えを広げますと、本当に大切なものは、実は、無意識のうちに無限に頂いていることに気づかされるのではないでしょうか。この私の命、肉体、両親の愛情・・・、本当は感謝してもしきれないほどの恵みを頂いているにもかかわらず、不足や愚痴が先に立つ申し訳ない私の姿があるのかもしれません。あらゆる恵みに支えられて、この私がここに生きていることに、喜びと感謝を感じるべきことを、九條師は伝えられているのでしょう。(文責住職)


令和元年8月16日掲示

 我々は御縁によってあらしめられている存在であるにもかかわらず、「私が」「私でこそ」「私でなくては」と、どこまでも私を主張しないと収まらないのが私の姿であると感じられます。このことにより、周囲のものを見るときも、「私にとって」「私のために」と、私を中心とした価値に置き換えて見ていることがあるのではないでしょうか。全てのものは、私の価値判断とは関係なく、それぞれが本来の尊い価値を持った存在であるはずです。念仏申させて頂くことは、この「私」へのしぶといとらわれの心が破られることであります。金子師は、信心を頂き念仏申させて頂くことにより、「私」を離れたものの真実の姿に気づかせて頂けることを、「恵まれた仏の眼」と表現されていると思われます。(文責住職)


 

令和元年8月8日掲示


 この掲示は、本年8月6日、広島での平和記念式典での子供代表二人の言葉です。我々は、自分の育った国、文化、歴史の違いがあり、それにより異なる意見を持たざるを得ない現実があるようです。しかし、核爆弾が誠に非人道的な兵器であることは、人間であれば誰もが感じることであり、それから大切なもの、大切な人を守りたいと思うことは、人類共通の願いではないでしょうか。子供の言葉に、我々の立場の違いを超えた尊い真の願いを教えられます。全ての人がこの願いを心の底に保つことで、核爆弾が決して人に対して使用されないことを願うばかりであります。「みんなの大切を守りたい」の願いは、国に地獄、餓鬼、畜生なかれと願われた仏の本願に通じるものでありましょう(文責住職)



令和元年7月31日掲示


 「諸行無常」は、一般には、人生のはかなさを表す言葉になっており、不慮の出来事をあきらめるための言葉になっているのかもしれません。あきらめも人生においては必要と言えますが、お釈迦様は、この言葉により、むしろ私の生き方そのものを問いかけておられると言えます。我々は、私の思いにとらわれて、物事が予想通りに進むと思い込み、そのとおりに進まなかったとき、「想定外」で仕方がないとなっていることがあるのかもしれません。お釈迦様は、世の中の一切のことは、私の思いを超えて、あらゆる因縁の関わりの中で起こっていると説かれます。これが仏教の「諸行無常」であり、私の思いではなく、私が頂いている御縁の力を中心にすることを、「注意深く」と小川師は表現されていると思われます。(文責住職)



令和元年7月23日掲示


 私たちは、日々一生懸命生きているのですが、どうしても私の思い通りにしたいという気持ちから離れられないことに気付かされます。お釈迦様は、あらゆるものは互いの関係性においてのみ存在できるという縁起の道理を覚られ、この私は一切の御縁の中で生かされている存在であり、思い通りに生きようとする生き方は本来成り立たないことを指摘されました。そして私たちの苦悩は、この成り立たないことを成り立たせようとすることから生じるのだと諭されました。藤本師が、「仏に背きつづけている私」と指摘されているのは、懸命に生きながらも実は思いを叶えることばかりにとらわれている痛ましい私の姿であります。このことに、念仏、つまり仏を念ずることによって気付かせて頂くのが、「仏に出逢う」ということではないでしょうか。(文責住職)

 


令和元年7月17日掲示


 他力という言葉は、仏教の言葉の中でも、最も誤解されている言葉のひとつです。私の努力を放棄して、他のものに頼ろうとする安易な態度を、他力という言葉によって表されたりすることがあるようです。お釈迦様は、私という存在は、私以外の一切のもの、一切の御縁によって在らしめられているという事実に目覚められ、この私を在らしめている一切の力を他力と位置付けられました。実は私の努力も、あらゆる周囲の条件つまり他力によって生み出されたものであると教えられるのです。仏様を拝み、念仏を唱え、信心を頂くことは、自我から離れがたい我々が、この真実に呼び覚まされることであると言えます。梅原師は、この呼び覚まされることそのものも、限りない御縁の力によってこの私に届けられ、頂いたものであると指摘されているのでしょう。(文責住職)


 


令和元年7月10日掲示


 自分の考えだけでは気づかれない大切なことを、仏様の教えによって気づかせて頂く、そのときにお慈悲を喜ぶ気持ちでお念仏が申される、そのことも大事なお念仏の味わいであると感じます。しかし、金子師は、お念仏とは、私たちの心の状態によって申されるものではなく、私の思いをはるかに超えた力により私の口からお念仏が出て下さる、そのことが既に限りないお慈悲をいただいている証拠である、と指摘されておられます。お念仏が申されるそのときそのときに、お慈悲を感じさせていただく、これが本当に生きる力となって下さっているお念仏ではないでしょうか。親鸞聖人が開かれた「ただ念仏」の世界の味わいを、金子師は説かれているのでしょう。(文責住職)

 


令和元年7月2日掲示


 「私が」「私でこそ」と、他人より自分の方が優越していないと気が済まないのが、私の姿であると反省させられます。曽我量深師は、「優越感の正体は劣等感である。」と喝破されました。私のだめなところは、私がよくわかっているので、余計に、他人よりも優れているように思いたい、思われたいのが、この私の姿であるのかもしれません。でも誰もがその姿勢を貫けば、やはり人間関係はぎくしゃくし、争いごとの種になるのではないでしょうか。仮に他人よりも少しくらい優れていると思えるところがあったとしても、如来から見れば、煩悩を離れられない凡夫そのものであります。このことの自覚が、念仏により頂く信心であり、榎本師は「下座」と表現されたと思われます。その心から広がる大きな世界を、「ひろびろ」と表現されたのでしょう。(文責住職)